アメリカの空気は今、どれほど危険なのか?―全米で約1億5600万人が「不健康な大気」を吸っているという現実



米国の非営利団体「アメリカ肺協会(American Lung Association)」が2025年に発表した年次報告書によると、全米で約1億5600万人もの人々が、健康に害を及ぼすレベルの大気汚染にさらされていることが明らかになりました。この数字は、前年と比べて約16%増加しており、過去10年間で最悪の数値です。

この報告書では、特に**微小粒子状物質(PM2.5、いわゆる「スス」)と地上オゾン(いわゆる「スモッグ」)**に注目し、それらがどれほど人々の健康を脅かしているかが詳細に分析されています。


■ 空気がもたらす見えない脅威:健康への影響は深刻

PM2.5は、ディーゼル車の排気ガス、石炭火力発電所、森林火災、さらには薪ストーブなど、私たちの日常や産業活動と密接に関わるさまざまな発生源から排出されます。これらの微粒子は肺の奥深くまで入り込み、ぜんそく、心臓発作、脳卒中、早産、さらには認知機能の低下や肺がんといった深刻な健康被害をもたらすリスクを高めます。

一方の地上オゾン(スモッグ)は、強い日差しと高温が揃ったときに自動車や工場からの排出ガスが化学反応を起こすことで発生する、強い呼吸器刺激物です。これは「肺の日焼け」とも形容されるほどの刺激性を持ち、呼吸困難や肺機能の低下を引き起こします


■ 人種による影響格差:ラテン系が最も深刻

今回の報告では、有色人種が白人と比較して2倍以上の確率で大気汚染の激しい地域に住んでいることが判明しました。特にラテン系アメリカ人は、ススとスモッグの両方に晒されるリスクが最も高く、白人の約3倍にのぼります。

これは単なる偶然ではなく、**歴史的に工業地帯や高速道路、廃棄物処理施設などが有色人種の多く住む地域に意図的に配置されてきたという「環境的人種差別(environmental racism)」**の問題と密接に関連しています。


■ 気候変動が拍車をかける:熱波と山火事の増加

過去数年で、気候変動による影響が大気汚染を悪化させています。高温によってオゾン濃度が上昇し、森林火災の頻発がPM2.5の濃度を急上昇させるという、いわば「悪循環」が起きているのです。

例えば、2023年夏にはカナダからの山火事の煙がアメリカ中西部や東部の空を覆い、何百万という人々が灰色の空の下で生活を余儀なくされました。これは観測史上最悪級の煙害として記録されています。


■ 地域別の評価:合格点ゼロの都市が多数

報告書では、全米の都市・郡ごとに大気汚染のレベルをA~Fの評価で格付けしており、PM2.5の年間平均値、一時的なピーク値、地上オゾンの三つの観点から分析されています。

その中で、すべての評価項目で「不合格」(F評価)となった地域に住む人は約4300万人。一方で、すべての項目でクリーンな評価を得た都市は、メイン州のバンゴー市とプエルトリコのサンファン市の2都市のみという、全体的に厳しい結果となりました。


■ 監視すらされていない地域:データの空白地帯

さらに深刻なのは、オゾン濃度もPM2.5濃度も測定されていない「ブラックホール地域」に、実に7300万人以上が暮らしているという事実です。これらの地域では、そもそも大気の質に関する公式データが存在せず、健康被害が可視化されにくいという大きな問題を抱えています。

このような「見えないリスク」は、今後の環境政策の根幹を揺るがす課題となるでしょう。


■ 環境保護庁(EPA)の弱体化が追い打ちに

報告書では、こうした大気汚染の悪化に拍車をかけている要因として、連邦レベルでの環境保護政策の後退が強く批判されています。特に、トランプ政権の下でEPA(環境保護庁)の予算削減や人員整理が進められ、多くのプログラムが停止もしくは縮小されてきました。

EPAは1970年にニクソン政権によって設立され、環境問題への取り組みの要として機能してきましたが、2020年代以降は特に「環境正義」や「人種的平等」に基づく政策が「多様性政策」と混同され、反発を受けているといった状況です。

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