人体の黄金比
銀河、台風、植物や動物には黄金比の曲線が見られたが、人間の体には1 : 1.618という数値としての黄金比も見られる。
人間の手には指先から順に、末節骨(まつせつこつ)、中節骨(ちゅうせつこつ)、基節骨(きせつこつ)、中手骨(ちゅうしゅこつ)、手首の手根骨(しゅこんこつ)がある。末節骨(まつせつこつ)から手首まで骨が順番に少しずつ長くなっているが、これはおおよそ黄金比の比率で長くなっている。例えば末節骨が1とすれば、隣の中節骨は1.618倍と黄金比の比率の長さになる。同じく中節骨を1とすれば、次の基節骨は1.618の比率で長くなる。
実際に計った筆者の右手の指の長さの例。手の甲側で、指を曲げた時に盛り上がっている関節間の骨の長さを計った。職業や個人差があるのでピッタリとはいかないが、指先から隣り合う骨の長さはおおよそ黄金比の比率で長くなっている。手のひら側で計るとこの比率にはならない。
薬指
末節骨2.4cm(この1.618倍は3.88cm)
中節骨3.5cm(この1.618倍は5.66cm)
基節骨5.3cm(この1.618倍は8.57cm)
中手骨10cm
中指
末節骨2.5cm(この1.618倍は3.88cm)
中節骨3.8cm(この1.618倍は6.14cm)
基節骨5.4cm(この1.618倍は8.73cm)
中手骨10.5cm
人差し指
末節骨2.1cm(この1.618倍は3.39cm)
中節骨3.1cm(この1.618倍は5.01cm)
基節骨5cm(この1.618倍は8.09cm)
中手骨10.5cm
さらに小指と親指は他の3本と比べて短いが、実際に計った長さは次の通り。この2本には、黄金比の比率に近しい数字はあるという程度だった。
小指
末節骨2cm(この1.618倍は3.2cm)
中節骨2.5cm(この1.618倍は4.04cm)
基節骨4cm(この1.618倍は6.47cm)
中手骨9cm
親指
末節骨3.2cm(この1.618倍は5.17cm)
基節骨4.3cm(この1.618倍は6.95cm)
中手骨9cm
そして小指の先から手首までは16cm、親指から手首までは15cmほどとなっている。これにそれぞれ黄金比の1.618をかけると、小指側が25.88cm、親指側が24.27cmとなる。この数字に近いのが、手首から肘(ひじ)までの長さ26.5cmとなる。そして肘から肩までを計ると約34cmだった。これは薬指、中指、人指しの先から手首までの長さそれぞれ約20cmに1.618をかけると、32.36cmという近い数値となる。
このように手の指先から肩にかけて、関節と関節の間の長さはそれぞれ黄金比の比率と関係している。
動植物に黄金比が見られるということは、細胞内のDNAに遺伝子情報として黄金比が組み込まれていることになる。すべての動植物は共通の祖先から枝分かれして進化してきたことを考えると、黄金比情報はかなり昔から組み込まれていた。
フラクタル構造
フラクタル構造とは全体と部分が似た形を繰り返す構造のことで、自然界や宇宙に見られる。これには4つの特徴がある。
1. 自己相似性(じこそうじせい)
フラクタルは一部を見ても、全体にそっくりな形をしている。例えば、木を見たときに一番太い中心の幹から枝が伸び、その枝からまた枝が伸びて、どんどん分かれていく。つまり木の全体像と小さな枝の形が似ている。
ただし、自然界ではこの繰り返しの回数(段階)は限られていることが多く、シダ植物の葉のように大きな葉と小さな葉の2段階だけのこともある。それでも全体の形と部分の形が似ているので、自己相似の特徴を持っていると言える。
2. スケールを変えても似てる
フラクタルは、近くから見ても、遠くから見ても似たような模様が見え、拡大しても縮小しても、形の感じが変わらない。例えば雪の結晶は大きな全体の形が六角形で、その中の細かい枝や突起の部分も六角形のパターンが繰り返されていることが多い。
3. 無限の細かさ
どんどん拡大して見ていっても、いつまでも細かい形が出てくる。もうこれ以上細かくならないという終わりがなく、ずっと同じような模様が続いていくイメージ。
4. フラクタル次元
フラクタル次元とは、遠くから見ると短く見えるが、近づいて見るとどんどん長くなるような現象を表す考え方。例えば海岸線を空から見ると、ただの曲がった線に見える。しかし近づいて見ると、岩のギザギザや入り組んだ形が現れ、さらに近づくとその細かい部分にもギザギザがあるなど、どんどん細かく、複雑な形が続いているのがわかる。そのため、近くで測れば測るほど長さが増えていくという不思議なことが起きる。このようなスケールによって変わる長さを数で表すのがフラクタル次元。
他にも市場で売られているロマネスコという野菜にもフラクタル構造が見られる。大きな芽 → 中くらいの芽 → 小さな芽がどのスケールでも同じパターンで現れ、目視では4〜5段階繰り返し、自己相似性がある。
フラクタル構造は宇宙の泡構造にも見られる。これは銀河 → 銀河団 → 超銀河団 → 宇宙の泡構造というスケール。次の画像は宇宙の泡構造で、黄色い網目が超銀河団が連なって構成される銀河フィラメント。そして天体がほとんど無い黒い領域部分がボイドと呼ばれる超空洞。
宇宙は、銀河から銀河団、超銀河団 、宇宙の泡構造まで、枝分かれや網目のような構造が何度も現れる。宇宙全体では、銀河が糸(フィラメント)状に集まり、間に空洞がある。つまり宇宙もフラクタル構造となっている。
次の画像は超銀河団アベル901/902。
次は銀河団 RXC J0032.1+1808。
星や銀河などは、中心の重力に引き寄せられて構成されている。
・月は地球の重力に引き寄せられて回る。
・地球は太陽の重力に引き寄せられて回る。
・太陽は銀河系の中心にある超大質量ブラックホールの重力に引き寄せられて回る。
・銀河は銀河団の重力によって中心に引き寄せられている。それは銀河、ガス、そして見えないダークマターの総和が強い重力を生み出している。
・銀河団は超銀河団の重力によって中心に引き寄せられている。それは銀河団やガス、ダークマターが強い重力を生み出している。
・超銀河団は宇宙の泡構造全体の質量分布が生み出す重力の力で互いに引き寄せ合い、網目状の銀河フィラメントを構成している。
植物のようなスケールから宇宙の泡構造のようなスケールまでフラクタル構造が見えるため、これもこの宇宙の法則と言える。つまり小さいものを理解すると、全体像が見えてくる。銀河や星も素粒子の集まりで、素粒子には粒と波の性質があった。つまり物質に当てはまる法則はエネルギーにも当てはまる。人間の生活の中でも次のようなフラクタル構造が見られる。
・会社組織でも大きな組織の中に部署があり、部署の中にチームがあり、チームの中に個人がいる。どの単位にも目標・役割・協力関係が存在し、構造が繰り返されている。
・芸術、スポーツ、仕事など、どれか一つで成功したり高いレベルに到達すると、他のことでも成功しやすくなる。考え方・努力の仕方・習慣は、他の分野でも当てはまることが多いため。
・入試のために過去問で練習をすると、入試試験全体の傾向や構造が見えてくる。
・自分に利益がない相手に対しても誠実な人は人から信頼もされ、10年後も50年後も誠実な人として生きていることが想像できる。反対に自分に利益をもたらさない人に不誠実な人は信頼感がなく、人生全体も不誠実な道を歩むことも見えてくる。小さな行動から、その人の人生全体の形が見えてくる。
肉体とともに幽体もこの宇宙に存在しているため、フラクタル構造は幽体のエネルギーにも当てはまる法則ということでもある。つまり色々な意味で小さな部分を理解していくと、この宇宙の全体像が見えてくるということになる。
自我の形成
「私」という自我は、記憶、思考、感情から構成される。何かを見た時に過去の記憶との比較が起こる。この比較という思考の次に、これは良い、悪い、好き、嫌いなどの感情が沸き起こる。感情が次に言葉や行動につながっていく。これがその人を表す性格となる。優しい人だったり怒りっぽい人だったりと。
赤ん坊は記憶も少なく思考力も弱いので自我が軽やかだが、時間が経つと記憶が増え、比較することも増えてくる。その繰り返しで自我が固められていく。記憶の集合体が自我となる。つまり記憶エネルギー、思考エネルギー、感情エネルギーが幽体に存在し、それは肉体を取り巻くようにドーナツ型で循環している。
では思考が生まれる時はどういう時か。例えば道で誰かとすれ違った時にその人がつけていた香水が、昔の友人がつけてた香水と同じだったら、その友人を思い出す。つまりすれ違った人の香水が波のような小さな揺らぎとなり、記憶エネルギーと結びつき友人を思い出す。大人になって野球をしたら、学生時代の部活動を思い出したり、過去に戦争を体験した人は戦争が終わっても、普段の飛行機の音が揺らぎとなって怖い経験を思い出すことがある。日光不足などによってセロトニンの分泌が減少することが揺らぎとなり、気分が落ち込みやすくこともある。
どんなにぼーっとしていても、エネルギーには必ず小さな揺らぎがあり、完全な静止状態がなく、どんなことでも揺らぎになる。音、香り、風景、言葉など外からの刺激や、体調、気分、ホルモンの波など内からの変動によって。つまり思考は常に起こる。
揺らぎが記憶と結びつくと、次に感情が起こる。たまたま街中でかかっていた昔の曲を聞いて、10代を思い出し懐かしい気分になったりする。過去に侮辱されて恥をかいた経験のある人は、別の人のちょっとした発言に反応して怒ることもある。記憶は感情の種であり、何かの揺らぎが感情の種と結びついて反応する。
幽体の記憶エネルギー場は新しい記憶ほど表面にあり、昔のものほど奥へ移動し、何層にもなっていく。そして外部刺激が揺らぎとして、どこかの層にある記憶と結びつき感情が起こったり、思考が始まる。
トラウマは特に強い感情的な傷を伴った体験。過去に受けた深い痛みや恐怖が記憶エネルギーとして刻まれる。これが揺らぎによって再度刺激されると、その時の感情が再現され、ネガティブな思考や感情が繰り返される。
劣等感は他者と自分を比較することで生まれるが、比較を常日頃から行っていると記憶エネルギー場の表面部分に「自分は劣っている」という感情が刻まれる。すると劣等感が強化され、人と会うたび自分と比較する負のループに陥る。すると姿勢や表情、行動にも後ろ向きな雰囲気が現れ、低い自己評価が続く。
中毒には良い意味と悪い意味があるが、アルコール、薬物、甘い食べ物など外部的な刺激は心地よく感じる。この場合、強く心地よい刺激が感情の種として記憶されるので、思い出しやすくなる。それにより欲求が生じ、繰り返すことになるので記憶エネルギー場の表面に感情の種が蓄積され中毒になる。これが勉強や人助けのような中毒なら、反作用も建設的だったり深みのあるものになる。
いつも楽しい冗談をいう人は、人が笑って楽しんでくれると自分も嬉しいという記憶が表面部分を占める。すると新しい出来事に出会ってもそれが揺らぎとなり、感情の種と結びついて、またおもしろいことを言おうとする。それが繰り返されてユーモアのある人、楽しい人となっていく。
自我の重い人はいつもどうやって人から奪うかを考える。それがパターン化され、揺らぎがあるたびに自己中心的な考えが強くなっていく。反対にいつもどうやって人に喜んでもらおう、与えようと考える人もそれがパターン化され、揺らぎがある度に周囲の人に喜ばれる行動をとる人になっていく。
自我や性格は、この感情の種と揺らぎの結びつきの積み重ねによって形作られていく。こうしてどのような記憶エネルギー、思考エネルギー、感情エネルギーを発していくかで、その人の気分、雰囲気、気質、気迫、気概など、気の部分が変化していく。
世の中にはこの揺らぎに反応しない人もいる。そもそも未解決の感情が少ないため、揺らぎとの結びつきがゆるく、よって執着心がない。この執着心を克服する一つに、存分に得て満足することがあげられる。これ以上追い求める必要がないと内側で完結すれば、自然と手放せる。それは空腹から満腹になるまで食べたときのようで、それ以上食べたいとは思わなくなる。
認められたい、特別でありたい、愛されたいなど空腹状態の時は執着する。しかしそれを充分得た時にそこには延々と続く満足できる要素がないことを知り、これ以上求めても虚しいことに気づく。人によっては少し得ただけでも理解することもあり、早々に執着を手放せることもある。そのためには内観など、内面を静かに見つめる時間が有効。
感情が生じると脳が反応し、脳内でドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなど神経伝達物質が放出され、心拍数の変化や筋肉の緊張など、身体的なエネルギーへと変化する。それが過剰になったり不足すると、病気になったりする。
思考は勝手に浮かんでくるものだが、自我を弱めていくためには、3つのことがポイントになる。
①思考が浮かんでもそれに囚われず、ただ観察して反応しない。
②自分がその思考の何に反応しかけたのか深くその根っこを観察する。
③思考に巻き込まれても気にせず再び反応せず距離をとる。
不安が次の不安へと続いていくように、思考や感情に囚われるとそれが強化される。その連鎖を断ち切るために、思考を客観的に観察する。その繰り返しによって自我が和らいでいき、思考が起こってもすぐに距離を取れるようになる。肉体・幽体共に微弱な刺激も受け取っているので、思考を止めることはできないが、それに巻き込まれないように常に注意を払い続けていると、それが常態化してくる。そして必要な時は計画を立てたり考え事をしたりと思考をうまく使う。
思考と感情はほぼ同時に起こるが、突然浮かぶ思考には強さの段階がある。
①無意識の思考。幼少期から培われてきた記憶の積み重なりで、性格を形作る。本人も理由はわからないが、ある出来事に対し感情的に反応している。
②弱い思考。過去10〜20年などある程度思い出せる記憶によって起こる感情的反応。
③強い思考。特に怒りやストレスなど直近に起こった出来事が強く思い出される。
思考に囚われていない無心の意識だけの状態が晴天だとすれば、思考と記憶の塊である自我は雲。雲が一ヶ所に留まらないように思考も常に現れては去っていく。自我の強い人は常に雲が空を覆っている状態で雨や雷も頻繁に起こる。自我が弱くなっていくと雲が小さくなり、空を覆う時間が少なくなり、意識だけの状態に近づく。
いつも接する顔馴染みの人が突然予想もしなかった怒りや性格を見せる時は、突然浮かぶ思考に囚われて行動している。それは本人も無意識の記憶から来る行動かもしれない。突発的な思考に主導権を握られているうちは、基本的に人間関係に何かしら問題が起こる。言わなくていいことを言ったり、過去の不満が爆発したりと。
自我と波長
日常生活では重い自我を表す表現として、次のようなものがある。束縛がきつい、恋人が重たい、性格が暗い、冷たい、腹黒い、ブラック企業、閉鎖的。つまり重く、暗く、冷たく、きつく、閉じた印象を与えるネガティブな表現。自我である幽体もエネルギーで、これも物理的なエネルギーと同じ特徴が見られる。特にそれは波長の長さなどと関連する。
◯低エネルギー(波長が長い、自我が重い)
光:
波長の長い光(赤〜赤外線)はエネルギーが低く、視覚的には温かみや落ち着きを与える。赤い夕日や暖色の照明などがその例。これらの光は暗く、閉鎖感や安心感と結びつくことがある。
温度:
温度が低い物体は赤外線〜赤色の光を放つ。加熱中の鉄が赤く光り始めるように、温度が低いと、物体は赤く見える。赤〜赤外線は可視光の中で最も波長が長く、光子のエネルギーも小さいため、「弱い光」「暗い光」に感じられる。また温度が下がると液体の分子運動が鈍くなり、ドロドロとした粘性が増す。例えば、冷えたハチミツや油はとろみが増し、流れが遅くなる。そして水が氷になるように、温度が下がると物体は固まり、動かなくなる。
音:
波長が長い低音は、身体に響くような重厚感や迫力を感じさせる。雷鳴やバスドラム、ベース音などは、圧倒的で圧縮された音として聞こえ、静的で重い印象を与える。
運動エネルギー:
重い物体がゆっくりと動くとき(例えば、大型船の回転や地殻変動のような動き)は、速度が遅くても運動エネルギーとしての質量感があり、内在する「重さ」や「停滞感」を感じさせる。振り子の減衰運動も、時間とともに動きが消えていく低エネルギー状態の典型である。
自我の状態:
自我が重いとき、エネルギーは暗く冷たく停滞しているように感じられる。空間や環境は狭く閉塞的で、心や精神の状態が圧縮されているときの感覚に似ている。何かに囚われ、動きが鈍く、変化への抵抗が強くなる傾向がある。
◯高エネルギー(波長が短い、自我が軽やか)
光:
波長が短い光(青〜紫〜紫外線)はエネルギーが高く、視覚的には鋭さや明るさを感じさせ、開放感を与える。青空や雷の閃光、白色LED光などがその例で、鮮やかで鮮明に感じられる。
温度:
高温の物体は青〜青白を放つ。例えば、白熱電球のフィラメントは赤く光り始め、温度が上がるにつれてオレンジ、黄、最終的には青白く輝くようになる。青〜紫の光は可視光の中で最もエネルギーが高く、強い光、明るい光として感じられる。また温度が上がると液体の分子運動は激しくなり、粘性が下がってサラサラになる。例えば、温めたハチミツや油は流動性が増し、軽やかに流れ出す。そしてさらに温度が上がると、水が蒸発するように、物体は気化して形を失い、自由で拡散的な状態へと変わる。
音:
波長が短い高音は軽やかで鋭い印象を与え、すっきりとした感じがする。小鳥のさえずりや子供の声、金属音などがその例。これらは活発で動的な印象を与え、心が広がる感覚をもたらす。
運動エネルギー:
軽い物体が高速で移動するとき(例:小動物の跳ねる動き、粒子加速器内の粒子運動)は、スピードとエネルギーに満ち、俊敏かつ瞬間的である。エネルギー密度は高く、軽快で自由な印象を伴う。
自我の状態:
自我が軽やかなとき、エネルギーは明るく温かく流動的で、空間や環境は広がりを持つ。心の状態が開放的で自由に感じられ、精神的なダイナミズムと創造性に満ちる。物事の変化や流れを自然に受け入れる姿勢がある。
波は波長が短く、周波数が高いほどエネルギーが大きくなり、影響力が強くなる。日常生活でも怒っている人に対して冷静な人が対処すると、怒りが収まるという例がある。みんなが慌てていても、落ち着いている人がいると安心感が広がる。つまり自我の軽やかな人は波長が短く高エネルギーなので、低エネルギーの人に良い影響を与える。
日常生活では、雰囲気に慣れる、あの人と相性が良いという表現をすることがある。それも自分の幽体の周波数がその場の雰囲気に馴染む、あの人と周波数が合っているということを差す。反対に周波数が合わなけければ違和感として感じられる。
幽体のエネルギー膜
幽体を目で見るための簡単な手法として、目の焦点をずらして見るというテクニックがある。これにより幽体周辺のエネルギー膜の色が見れる。霊感がないという人でも見れる方法で、簡単なステップをまとめてみた。
①部屋を薄暗くし、上半身が写る大きさの鏡を用意し、前に座る。(手を見るでも良いが、手を持ち上げ続けるのが疲れる)
②鏡に映る自分の目を見る。目線はそのままで、次におでこの裏に意識を持ってきて、そこを見ようとする。疲れてボーッとしているときのような感じで、心の目で見るように。もしくは眉間の前に指を一本立てて寄り目にして、指をどけてそれをキープするでも良い。
③目の焦点があわなくなったままそれをキープし、おでこの裏から鏡に映った頭や肩の周辺をぼやーっと見る。
④すると銀色の残像のような約5cm幅の膜が、体の周りに見え始める。同時に若干肉体が薄暗く見えてくる。
⑤焦点をずらしたまま、銀色の膜の端をさらにぼやーっと見続けると、黄色や緑色などうっすら色づいてるのが見えてくる。これがエネルギー膜で、霊の体の一部。
⑥目で見ようとして目線を動かすとリセットされるので、コツとしてはおでこの裏の考えが浮かんでくる場所(心の目)で見るようにする。また見ようと意識せず、無心になってリラックスしてぼーっと見る。
手の場合、始めは左図のように銀色が手の周囲に見え、慣れてくると徐々に右図のように周囲に色が見えてくる。
すぐ見える人もいれば、数日かかる人もいるが、もしこの説明方法でできない人はネットで検索すれば、色々な人が説明しているサイトが見つかる。とりあえず目の焦点をずらす方法が簡単。
霊を見たことや感じたことがない人にとって、肉体以外に見えない体があるというのは基本的に信じられない。よってエネルギー膜の色を自分の目で見ることができれば、目に見えない霊的の体が肉体の周辺にあるということを理解できる。
このエネルギー膜を見るというテクニックは、肉体の目の力を弱めて幽体の目、つまり心眼によって見るチャンネルに変更している感じになる。心とは幽体のことで、心の眼は幽体の眼。ただ完全に切り替わるわけでなく、肉体の目と半分ずつという感じになる。幽体の目の周波数にあわせるから、エネルギー膜という幽体エネルギーが見えるということ。
生存本能と自我
あらゆる生物は生存本能を見せ、そこに人間並の脳の大きさが加わると自我を見せる。自我は「私」という主張が根底にあるが、人間以外の生物は「私」を主張はしない。ただ個体を生存させるための生存本能を見せる。
自我の現れ方は、脳の大きさと比例し、特に前頭前野の大きさが思考レベルと関係する。前頭前野の役割は判断、計画、抽象思考、意思決定、社会的行動の制御、自我意識や欲望のコントロール、倫理観や長期目標の形成にも関与など多岐にわたる。こういった脳の大きさと、生物の行動パターンを比較したのが次の表。
人間には神経や目があり情報を判断して行動をとるが、単細胞生物には脳がなく、神経もない。ただ分子レベルの受信機があり、刺激を受けると細胞内部の化学反応が変化し、運動や増殖などの行動につながる。
単細胞生物のセンサーの種類
こうして単細胞生物は感じて考えて動くのではなく、生存・繁殖・安全・快適・休息に対して 化学反応の連鎖で行動している。
単細胞生物の生存本能の行動
これを植物や人間の生存本能と照らし合わせると次のようになる。
つまり全生命に宿る幽体は生存本能のことであり、記憶や思考もできる。それが脳と組み合わさると記憶→思考→感情という自我の行動までが現れ、複雑化してくる。単細胞や植物は脳がないためそういった部分は現れず、複雑さは見せない。言い換えるとも植物も動に脳があり人間並に大きくなれば、文明社会を築く可能性がある。
幽体が宿る対象
肉体に幽体が宿っているなら、宿る対象は人間以外に何かあるのか。医学的には心停止や脳死が死とされている。幽体の視点から見ると、肉体から幽体が抜けでた瞬間が生物としての死となる。つまり肉体が老化や損傷でそれ以上容れ物として維持できなくなった時。その死体はエネルギー保存の法則により灰や土、栄養や熱エネルギーにやがて変換される。少なくともこの例から砂、粘土、鉱物などの無機物と、タンパク質、脂肪、アミノ酸、DNAなどの有機物やエネルギーには、幽体が宿っていないということになる。
アメリカにいたカンジという名前のチンパンジー属のボノボは、1000語以上の英単語を覚え、英語の日常会話を耳で聞いて理解できる類人猿。音声ボタンを使って自分も意思も伝えられ、午前中のことを午後にも覚えている記憶力を持っていたり、「枝を集めてきて」と頼めば集めてきたり、仲間に責められている別の仲間をかばうなどの愛情表現をみせたりする。またパックマンというテレビゲームのルールも、正確に覚えてプレーでき、知能指数が人間の5歳ほどある。この例からもボノボに幽体があるのが見えてくる。
犬や猫なども性格があり記憶もし、好き嫌いの個性を見せることから幽体の記憶や感情エネルギーが宿っていることが見えてくる。
脳の前頭前野は思考・計画・判断・自己制御など高度な認知機能を担う領域。人間と動物の発達の度合いには大きな違いがある。大脳に占める前頭前野の割合は、人間で約30%、チンパンジーやボノボで約15%、犬で約7%、猫で約5%。前頭前野が全てを決める要素ではないが、カンジの例では研究者による外部からの刺激が常にあり、その部分が発達してきた。
鏡を使ったミラーテストで、鏡に映った自分を自分だと自己認識することが確認されている動物には、チンパンジー、ボノボ、一部のイルカ・象・カラス・オウムなどがある。動物の自己認識は、人間の0〜1歳児よりも初歩的で簡単な段階にあることが多い。
またイルカやクジラは音声コミュニケーションを行う。象は仲間や死んだ象の遺体に対して慰めの行動を取り、カラスは道具を使い問題解決能力を持っている。シジュウカラという鳥は意味を持つ鳴き声で会話を行い、「ヒヒヒ」はタカ、「ジャージャー」はヘビが来たことを知らせ、「ピーツピ」は「警戒」のように会話する。オウムは飼い主の言葉を真似して会話のようなやり取りができ、言葉を理解する能力が高い。タコは迷路を解いたり脱出能力が高い。
こういった例から動物も思考し判断するレベルにあり、人間が自我を見せるのは前頭前野の大きさによるもの。また睡眠時は前頭前野の活動が抑制されるため、「私」という自己認識も低下する。それでも夢の中では自分が夢の中にいるという感覚は少し残っているが、目覚めているときよりも強くない。この例からも「私」という感覚は前頭前野が関係していて、幽体から思考、感情、記憶エネルギーを送受信している。
動物の遺伝子を分子レベルで研究する分子進化学では、人間はチンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オラウータンと共通の祖先を持つと明らかにされている。約600万〜700万年前にこの共通祖先から分岐し、アウストラロピテクスやホモ・エレクトスなど人間の系統と、チンパンジーやボノボの系統へと分かれた。
そしてさらに、すべての生物は最終的に共通の祖先を持っているとされている。それは約35〜40億年前に地球上に現れた単細胞の生命体で、そこから多様な生命が枝分かれしてきた。それは植物、藻類、魚類、恐竜、哺乳類、爬虫類など。人間はチンパンジーとは約96%の遺伝子が共通し、猫とは約90%、バナナとは約60%が同じとなっている。単細胞生命体含め、生物は次の6つの条件を満たしている。
1、細胞構造を持つ
2、エネルギー代謝を行う
3、成長と発達
4、刺激に反応する
5、遺伝と進化
6、繁殖する
つまりこの6つに当てはまる生物は新しい命を生み、そこへ幽体が宿るということ。
そう考えると人間の胎児にいつ幽体が宿るのかのタイミングは、単細胞として存在する受精卵になった後と考えることができる。そこから多細胞生物として成長していく。クラゲ、ヒトデ、サンゴ、昆虫、ミミズ、アメーバなどは心臓がない生物だが、これらも共通祖先から進化してきた。そうすると、人間の場合、受精後約22日目頃に心臓が最初の拍動を始めるので、受精から最初の拍動までに幽体が宿ってもおかしくはない。
また精子や卵子は生きている細胞ではあるが生物ではない。その理由は細胞のように独立して分裂することができず、それ自体でエネルギーを生成したり、体内で代謝を行ったりすることはできない。したがって、精子や卵子は単細胞生物ではなく、細胞としての機能を持つ生命の一部という位置づけ。それでも生存本能は見せるため、転生した幽体ではなく親の幽体が分裂し、精子や卵子に最低限の生存本能を与えている。
精子と卵子の生存本能
二つが受精した時が、別の幽体が転生できる生命のスタート。もし両親の精子と卵子の幽体が受精し一つになって、そこから新たな幽体として成長するとした場合、この幽体には両親の記憶も含まれることになる。そして大人になると両親の記憶を保持した子供が生まれることになるが、現実はそうはなっていない。この事から新たな幽体が新たな生命に転生していくると考えられる。
初期の単細胞生命体は、地球の深海の熱水噴出孔が生命誕生の場所と考えられている。この場所は非常に高温・高圧で、生命の材料となるアミノ酸や脂質などの化学反応を引き起こすためのエネルギー源が豊富だった。
このアミノ酸や脂質などは地球の海、雷、火山などのエネルギーで自然に合成されたものと、宇宙からの隕石に乗ってもたらされた2種類がある。このアミノ酸や脂質のもとになる有機分子は、宇宙の分子雲の中で見つかっている。分子雲とは宇宙のガスとチリのかたまりで、星や生命の材料が生まれる場所。
こういった点から幽体が宿るのは先程の6つの条件を満たした単細胞生物からで、それ以外の広大な宇宙は、幽体が活動するための環境を提供しているということになる。
生まれ変わり
幽体に思考、感情、記憶があり、これらが揃うと意思を持ち始め自我となる。死後は肉体がなくなり幽体と意識だけになる。
作用・反作用の法則から考えると、自我を克服せず欠乏感、欲、執着を残したまま死ねば、それらが反作用として再び自分に返ってくる。例えばプレゼントをした相手から良いお返しが返ってくるように、攻撃した相手からはネガティブな形で反作用を受けることになる。人からたくさん奪えば、今度は自分が奪われるか何かで失うことになる。肉体への執着があれば、それが再び肉体を得るための反作用となる。
ゴムバンドを引っ張るという作用があると、ゴムは戻ろうとする反作用がある。ゴムを引っ張った状態は未完了の動きであり、幽体の執着している状態。ゴムが戻ろうとする反作用で執着を完了させるために、幽体はそれに適した肉体と環境へ生まれ変わってくる。
自分が発した感情エネルギーの反作用は、発信者自らが受けとらなければならない。それがルールとなっているため生まれ変わることになる。そして生まれ変わるためには、新しく生まれる胎児が幽体の宿る場所となる。
こうして考えると、人間の縁というのも作用・反作用が関係しており、いつどこで出会うかわからない人も今までずっと友人でいる人も、過去生の中で作った反作用を解消し合う関係にあるとも考えられる。それはもしかすると今生で自分を助けてくれる存在としてや、反対に自分を騙して攻撃してくる相手としてかもしれない。
この生まれ変わりのサイクルを終わらせるには、自我から解放された状態が必要となる。それは感情、欲、執着からの解放を意味する。すると感情エネルギーという作用がないので反作用も生まれず、そうして生まれ変わってくる原因を作らないということになる。
ではどうすれば良いかというと、思考に囚われず、ただそれらに反応せず観察する。それが習慣化できてくれば思考が起こっても眺めているだけで、反作用を生むような感情的な行動はしなくなる。そうして思考に囚われなくなっていき、自我の克服に近づき、生まれ変わるための原因を作らなくなる。この物質宇宙が存在する理由も、自我を軽やかにしていくための体験学校という側面が見えてくる。
この観点で見ると肉体には死があるが、幽体には死がないことも見えてくる。エネルギーは性質を変化させることはあっても、劣化することはない。つまり幽体はエネルギー体なので、肉体のように老化することがない。
生物分類と慈悲の発現範囲
転生してくる生物ごとに慈悲の範囲を見ると、生物の進化の方向性が見えてくる。慈悲とは他者や存在に対する無条件の思いやり・愛情・救済の心。単細胞生物が慈悲の行動を見せることはないが、チンパンジー、象、イルカ、犬などある程度の脳の大きさの動物になると見せることがある。
生物分類と慈悲の発現範囲
このように、単細胞生物のように個体としての狭さから出発して、徐々に他者や世界全体を認識できる状態と成長していくのが幽体の道筋。
例えば人間の人生でも、つらい出来事を経験すれば、同じつらさを他の人にも味わってほしくないと思い、社会的に行動を起こす人がいる。自分が経験すれば、他の人のつらさもわかるため、こういった行動がとれる。それは幽体の記録であり、もし虫や植物としての転生の記憶があれば、動植物を大事にしようという共感の気持ちが芽生える土台になる。つまり人間以外の生物への転生は、感覚的・経験的基礎を作っている段階とも言える。ただ人間として生まれてくると過去性の記憶はないため、始めは残酷な行動を見せることがあっても、すぐにこれはおかしいと修正する土台があるということになる。
こうして様々な幽体の経験値が十分に溜まると、利他的な行動が自然にできる無心の状態に到達する。これはつまり、意識というあらゆるものの根源を理解するまでの過程ということ。この宇宙はフラクタル構造でもあり、小さな法則を理解するとやがて全体像が見えてくる。自我という個を理解すると、自我の集まりである人間社会の構造、人類の歴史の流れが見えてくる。個人レベルの怒りを観察 → 怒りの原因を理解 → 他人の怒りも理解できる。
同じように小さな植物の渦模様から、人間のつむじの渦、台風の渦、銀河の渦という法則を知ると、宇宙の構造が見えてくる。一つの理解が次の理解の鍵になり、螺旋状に全体像に近づいていく。
この宇宙はフラクタル構造であるため、日常の些細な出来事も全体像の縮図として学ぶ価値がある。私、あなた、他の人、動物、植物など個々の意識は、全体意識のひとつの現れ。個と全体は対立ではなく同じもの。波は一つひとつ形が違うが、どれも同じ海の水。個は全体の縮図であり、全体は個の集合体。個を深く理解すれば全体の原理に触れられる。反対に、全体を理解すると個の意味も深まる。
傷
幽体はエネルギー体なので物質のように破壊されることはない。肉体が傷ついても幽体が直接傷つくわけではない。ただ感情エネルギーにそのショック、恐怖、痛みが記憶され、周波数が下がることはある。それは健康状態を表すエネルギー層に色情報として現れる。
また病気になっても幽体が病気になるわけではない。仮に認知症になったとしても幽体の記憶がなくなるのではなく、受信機である脳の性能が下がり、幽体から正しく情報を受信できなくなるだけ。
つまりどんな死に方をしてもエネルギー体である幽体が無くなることはなく、感情はそこに記憶される。ただ仮に体に傷を負って亡くなった人の場合、その感情に執着して幽体でも傷を再現し続けるという可能性はある。
自死
エネルギーの法則からみた場合、自死はどうなるのか。暴力をふるえば自分にそれが返ってくるという作用・反作用の法則から見れば、自死というのは自分に対する暴力であり殺人。よってそれと同等の反作用を自ら受けることになる。また人間として生まれてきているということは、未解決の反作用もあるということ。それに上乗せして、自死の反作用も受けることになるのが来世ということになる。
ただ自死といっても状況は様々。あまりに長い間苦しんできてからの自死と、短期間の苦しみでの自死の場合、受け取った苦しみの量が違う。もし受け取るべきだった反作用をほとんど受けきった辺りで自死を選んだ場合よりは、まだほとんど受け切らずに自死を選んだ場合の方が、来世での反作用の強さも違う可能性もある。
自死の場合は自らの苦しみからの逃げとして行われる場合や、その時代の価値観などで責任をとって自害するなど様々あるので、動機によって反作用も変わる。
また人がピンチの時にそれを助けると自分の命も危険という状況で、それでも人を助けようとして亡くなった場合もある。作用・反作用の法則は動機が重要となることを考えると、この時の反作用はポジティブなものになると考えられる。
自死による反作用は罰ではなく、そういう法則によって自動的にそうなるのであって、誰かがジャッジするわけではないということでもある。
共鳴・共振
光、音、脳波、電気信号、電子などエネルギーには波長がある。波長は波と波の間の距離で、言い換えると山から山、谷から谷の距離のこと。高い音は波長が短く、低い音だと波長が長い。この波が1秒間にどれだけ通り過ぎるかが周波数(Hz”ヘルツ”)。だから周波数が高いと波長が短く、波がたくさん詰まっている。周波数が低いと波長が長く、波がゆったりしている。
鳥のさえずりや子供の無邪気な声は周波数が高く軽やかに聞こえ、ドラムの低音や威圧的な声は周波数が低くて重たく聞こえる。
同じ周波数のものは引き寄せ合う。これは思考や感情のエネルギーにも当てはまる。例えば自我の重い人は目上には媚び、目下には威張るという傾向がある。自我が軽やかな人は目上・目下に関係なく同じ態度で接し、誠実感がある。これは性格的な穏やかさとも関係しており、自我の重い人は怒ることが増え、自我が軽やかな人は怒ることが少なく穏やかな傾向。
会社組織で見た時も社長が自我の重い強欲な人間なら、その側近になる部下も強欲な傾向にある。こういった例は独裁国家でも見られる。だからリーダーを排除しても、同じような自我の重い側近が次のリーダーになり、独裁的な運営が継続される。
学生スポーツでも、特定のスポーツの能力が高く取り組む意識が高い人は、強豪校に行く傾向がある。そこには同じく能力と意識の高い選手たちが集まり、レベルの高い指導者もいる。
他にもオタク文化が好きな人は、オタク文化が集まる場所に集まり、同じ趣味の人たちと交流する。
これらは自我の強弱や趣味や興味が同じ場合に、人が引き寄せあう傾向。自我や趣味なども思考や感情のエネルギーであり、エネルギーには周波数があるため同じ周波数のものは引き寄せ合う。
このわかりやすい例が、音叉(おんさ)を使った共鳴(共振)。これはU字形をした鋼で、叩くと特定の周波数の音を発する。例えば左から442Hz、440Hz、440Hzの三つの音叉を並べ中央を叩く。その後中央の音叉を手でつかんで音を止めると、右側の440Hzの音叉だけが共鳴してなっている。
他にもラジオのチューニングも同じ。内部にはコイルとコンデンサーを組み合わせた共振回路があり、これが特定の周波数にだけ反応するように設計されている。日本のFMラジオ放送は約76〜108MHzの範囲で、この中からチューニングによって選ばれた周波数の信号を増幅し、スピーカーへと送って音を出す。この仕組みは、特定の周波数にだけ共鳴する音叉と同じ原理に基づいている。
共鳴は音だけでなく光にも当てはまる。レーザー光も機械の中で光が何度も反射され、反射した光の波長同士がぴったり合うようになっているため、増幅されていく。それにより光が強くなり続け、最終的に強いレーザー光が生まれる。
このようにエネルギーには周波数があり、それが共鳴し、引き寄せ合い、さらに増幅されていく。人間関係に限らず、スポーツや仕事で目標に周波数を合わせると達成されやすくなる。
例えば、選手が試合で勝つことを強く意識し、その目標に向けて練習や戦略を積み重ねるとき、その意識が行動や結果に影響を与える。そこには様々な周波数が存在し、やる気はあっても質の周波数が低ければ効果は薄く、質は良いが素質が伴わなければ高い目標には到達しにくいなど。
こういったことは仕事でも芸術でも同じ。音や光のエネルギーと同じ現象が、幽体のエネルギーにも起こっている。
このようにエネルギーの性質を見ていくと、憑依という心霊現象も、同様の原理で起きていることが見えてくる。憑依とは何か幽霊的存在が人間に乗り移ることで、その人の言動が変わること。すると自分ではない考えや感情が浮かんできたり、急に怒ったり悲しんだり、または今までにないパフォーマンスを発揮したりなど、ポジティブ・ネガティブ両方の意味で語られる。
物理の世界でも、例えば酸素と水素の化学変化によって水という別の性質に変わる。すべてを素粒子レベルで見れば波というエネルギー。物理エネルギーにおける周波数、共鳴、干渉、吸収といった現象と同じく、幽体エネルギーでも他のエネルギーと混ざることで性質が変化する。それが憑依という現象として現れていると考えられる。
人間社会でも、穏やかな人と一緒にいると周囲も穏やかになったり、逆に怒っている人の周りではピリピリとした空気が広がることがあるのは、幽体エネルギー同士が影響を与え合っているため。その結果、怒りの周波数に共鳴した同様の怒りを持つ幽霊が引き寄せられ憑依し、本人の怒りをさらに増幅させるような現象も起こり得る。
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