第3章6 産業革命後:文明の繁栄と衰退のパターン

◯福祉国家の北欧5カ国の幸福度


 ここでは北欧5カ国の幸福度について、世界幸福度報告書2020年の第7章の一部を参考にしながら見ていく。

出典:
World Happiness Report 2020 | Chapter 7 The Nordic Exceptionalism: What Explains Why the Nordic Countries Are Constantly Among the Happiest in the World
https://www.worldhappiness.report/ed/2020/

手厚い社会保障・福祉制度
 2013年以降の世界幸福度報告書では、フィンランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドの北欧5カ国が常にトップ10入りしている。これらの国は手厚い社会保障・福祉制度で知られている。

北欧諸国の社会保障・福祉制度

項目

北欧の特徴的制度・政策

具体例

幸福度への影響

1. 医療保障

全国民に無償または低額で医療を提供(国民皆保険)

スウェーデンでは公的医療支出が全体の約85%を占める。

フィンランド:妊婦健診・子ども医療は原則無料。

健康不安が少なく、生活の安定感を高める。

2. 教育費無料

幼児教育から大学まで学費が無料

ノルウェー・フィンランド・スウェーデン・デンマーク・アイスランドは小学校から大学まで無償で学べる。

教育格差が少なく、将来への希望や公平感につながる。

3. 育児・家族支援

長期間の有給育児休暇と高水準の児童手当

フィンランド:父母合計で約14か月の有給育休。

スウェーデン:16か月の育休、うち90日は父親に確保。

子育て不安の軽減、女性の社会参加促進。

4. 失業保障

高い失業手当と再就職支援(アクティベーション政策)

デンマーク:最大2年間、給与の最大90%保障。
ノルウェー:職業訓練や再就職支援制度が整備。

雇用の不安が少なく、心理的安定に寄与。

5. 年金制度

基礎年金に加え、労働者向けの所得比例年金

スウェーデン:プレミアム年金(個人運用)+公的年金。

フィンランド:働いた年数と賃金に応じた加算あり。

老後不安の軽減、長期的な幸福感を支える。

6. 労働時間と休暇

ワークライフバランス重視の労働時間規制

フィンランド:年間5週間以上の有給休暇が義務化。

スウェーデン:1日6時間勤務の実験も進行。

過労を防ぎ、生活の充実と満足感向上。

7. 労働者の権利

労働組合加入率が高く、企業との交渉力あり

ノルウェー:組合加入率50%以上、全国協定による待遇改善。

スウェーデン:経営への労働者代表参加制度あり。

雇用の安定感、働く上での安心感。

8. 最低賃金(非法律だが事実上存在)

全国規模の労使協定による高い最低賃金水準

スウェーデン:飲食・建設・介護などで全国統一の高水準維持。

デンマーク:月収20万円以上の業種も多い。

貧困率低下、生活への安心感。



  ここに挙げられている項目は、いずれも経済的な保障に関するものであり、その背景には貧困への恐れが存在する。 すなわち、国家がこの不安に対して制度的な安心を提供することが、人々の幸福感を支える要因となっている。


政府と公共制度の質
 北欧諸国では次の二つが、政府の質として重要になっており、この点においても世界で最上位に位置している。

⚫︎民主的な質(国民参加の質)
 国民が政治にどれだけ参加できるかを示す指標。選挙で自由に投票できる、政府を批判しても処罰されない、デモや集会を開ける、政権が安定して機能している、といった民主主義の基本的な仕組みがきちんと働いているかを測る。


⚫︎実行力の質(政府運営の質)
 政府がどれだけ効率的で信頼できる運営をしているかを示す指標。法律がきちんと守られている、役人が賄賂を受け取らない、無駄な規制がない、行政手続きがスムーズ、といった政府の実際の能力を測る。


 研究データによると、政府運営がうまくいっている国ほど、そこに住む人々の人生満足度が高い傾向がある。例えば、病気になっても医療費の心配がない、失業しても生活が破綻しない、といった制度的なセーフティネットがあると国民は安心して暮らせる。同時に、政治家が汚職をせず、役所の手続きがスムーズで公平だと、「この国の政府は信頼できる」という気持ちが生まれる。この安心感と信頼感が重なり合って、全体的な幸福感につながっている。

 また北欧5カ国は政府や行政の文書の情報公開が徹底されており、国民は誰でも見ることができる。ただ国家安全保障、個人情報などに関係するものは制限があることが多い。
 トランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)が毎年発表している腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index, CPI)というものがある。これは各国の公的部門における腐敗の程度を0(非常に腐敗している)から100(非常に清潔)までのスコアで評価している。公的部門とは、政府や中央省庁、地方自治体、警察、司法、教育機関、医療機関、公共インフラ事業などが含まれる。その2024年の順位で北欧5カ国は10位以内に入っている。


1位 90点 デンマーク
2位 88点 フィンランド
5位 81点 ノルウェー
8位 80点 スウェーデン
10位 77点 アイスランド

10位 77点 オーストラリア
20位 71点 日本
28位 65点 アメリカ
76位 43点 中国
107位 34点 ブラジル
154位 22点 ロシア
170位 15点 北朝鮮
180位 8点 南スーダン 

出典:
Corruption Perceptions Index 2024, CPI
https://www.transparency.org/en/cpi/2024

人生の自由な選択
「自分の人生を自分で決められる」という感覚は幸福度に大きく影響する。この自由感が生まれるには3つの土台が必要となる。北欧諸国はこの3つのすべてで、バランスよく高水準を実現している典型例とされる。

①経済的自由:お金の心配がない状態(生活に困らない)
②政治的自由:権力に縛られない状態(自由に発言・行動できる)
③文化的自由:周囲に合わせなくていい状態(個性を表現できる)

社会的信頼・結束
 「他人を信じられるか」が幸福度を大きく左右する。例えば「見知らぬ人でも基本的に信用できる」「道で財布を落としても誰かが届けてくれる」と思えるかどうかが幸福感と密接に関係している。このような社会への信頼感は、災害や経済危機といった困難な状況でも、人々の精神的な安定を支える力となる。
 さらに、単なる信頼を超えた結束感も重要となる。これは人とのつながり(孤立していない)、良好な人間関係(周囲と仲良くできる)、公共への関心(社会全体のことを考える)の3つの要素で構成される。北欧3カ国(デンマーク、フィンランド、スウェーデン)はこの結束力で世界最高水準にあり、高い幸福度の源泉となっている。


社会的比較の弱さ
 人間は本能的に「隣の芝生は青い」と感じやすく、他人と自分を比較して落ち込む傾向がある。しかし北欧では、この比較による心理的ダメージが他国より大幅に小さい。充実した福祉制度により、収入や社会的地位の違いがあっても基本的な生活は保障されるため、「勝ち組・負け組」という感覚が薄れる。結果として、経済格差があっても精神的な格差につながりにくい環境が作られている。
 実際、アメリカとデンマークを比べると、デンマークでは低所得層の幸福度が著しく高い。アメリカでは貧富の差が激しく社会保障も限定的なため、お金がないことが直接的に不幸感につながってしまう。


移民は問題ではなく制度が重要
「国が小さいから」「人口が少ないから」「みんな同じ民族だから」北欧は幸せなのだという説がよくあるが、実際のデータはこれを否定している。国の規模と幸福度に相関関係はなく、近年移民が急増している北欧でも幸福度は維持されている。
 興味深いことに、北欧に住む移民自身も高い幸福度を示している。多様性が社会の信頼を損なうという議論もあるが、それは住居の分離や経済格差が原因であり、民族の違い自体が問題ではない。北欧の優れた制度設計がこうした負の影響を相殺し、むしろ移民の存在が地元住民の幸福度にわずかながらプラスの効果をもたらしている。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北欧諸国は、合法的に居住する移民が他の市民と同様に、その国の規則に基づいて福祉国家の現金給付・現物給付と福祉サービス、医療へアクセスできることを保証している。

出典:
Migrants and health in the Nordic welfare states, Bent Greve
https://publichealthreviews.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40985-016-0023-6?utm_source=chatgpt.com

他国生まれの人口が総人口に占める割合(移民の割合)


 北欧諸国の幸福度は、ここまで見てきた複数の要因が影響し合っている結果となっている。幸福度が世界トップクラスの北欧5カ国だが、それでもTFRは下がり続けている。

北欧5カ国のTFR(1891年〜2023年)


 北欧5カ国も世界の多くの国と同じくTFRは下がり続けており、2.1人を下回っているためやがて人口減少に向かう。ただ2023年の時点では人口は増え続けている。背景には医療体制が整っていったことによって寿命が伸びたことや、移民の受け入れ政策にもある。


北欧5カ国の人口(1100年〜2023年)


https://ourworldindata.org/grapher/population?time=1100..latest&country=SWE~DNK~NOR~ISL~FIN&overlay=download-vis


北欧5カ国の平均寿命(1751年〜2023年)


 農村と都市の人口について、フィンランド、スウェーデン、アイスランドの住民は圧倒的に

都市部で生活している。ここには掲載していないが、ノルウェーもデンマークも同じく都市部

の人口が圧倒的に多い同じ形のグラフとなっている。

フィンランドの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口



スウェーデンの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口

アイスランドの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口


 また北欧5カ国は世界的に見ても年間の労働時間が短く、それでも高い生産性を実現している。


年間労働時間と労働生産性の関係(2019年)男女の合計
 
https://ourworldindata.org/grapher/productivity-vs-annual-hours-worked

1日あたり労働時間

年間労働時間 

週5日(250日)

1日あたり労働時間

週6日(300日)

1日あたり労働時間

1400時間

5.6時間

4.67時間

ノルウェー、デンマーク

1500時間

6.0時間

5.0時間

アイスランド

1600時間

6.4時間

5.33時間

スウェーデン、フィンランド

1700時間

6.8時間

5.67時間

日本、米国

2000時間

8.0時間

6.67時間

韓国、ロシア

2200時間

8.8時間

7.33時間

中国、インド

2400時間

9.6時間

8.0時間

バングラディッシュ、シンガポール


 生活満足度と一人当たりのGDPのグラフでも、デンマークなど北欧5カ国は次のグラフでは右上に固まっており、高い生活満足度と一人当たりのGDPが高くなっている。


各国の一人当たりGDPと自己申告による生活満足度(0〜10のスケール)


https://ourworldindata.org/grapher/gdp-vs-happiness


 アイスランドはデータがなかったが、それ以外の北欧4カ国は男女とも自由な時間の多さが世界的にも最も多い国々となっており、グラフの右上に固まっている。


女性と男性が余暇に費やす時間

https://ourworldindata.org/grapher/time-women-and-men-spend-on-leisure

 科学・数学・読解の分野においてはPISA調査等に見られるように、フィンランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドの北欧5カ国よりも日本のほうが教育段階での学力が高い傾向がある。しかしながら、労働生産性や労働時間の短さ、1人あたりGDP、さらには主観的幸福度といった指標では、北欧諸国が日本を上回っている。


15歳の女子と男子の科学分野における平均スコア(2022年)

 この指標は、PISA(国際学習到達度調査)2022年における15歳の生徒の男女別科学リテラシー

スコアの平均を示している。アイスランドが440辺り、それ以外の北欧4カ国とアメリカは

470〜510の間に固まり、日本は550に位置する。



15歳の女子と男子の数学分野における平均スコア(2021〜2022年)
 このスコアは PISA数学尺度 に基づいて評価されたものであり、数学を使って日常の問題を解決する力や、現実世界における数学の役割を理解する力を測ることを目的としている。北欧5カ国とアメリカは460〜480の間に固まり、日本は540に位置する。


15歳の女子と男子の読解分野における平均スコア(2022年)

 このスコアはPISA読解尺度に基づいて評価されたものであり、書かれた情報を理解し、 それを活用して新しいことを学んだり、社会の一員として参加したりする力を測定している。
 北欧5カ国のうちアイスランドが420辺り、それ以外の北欧4カ国は450〜480の間、 アメリカは490、日本は510に位置している。



  北欧諸国でも教育システムには違いがある。その中でフィンランドの制度は次のようになっている。


 フィンランドでの学費は、フィンランド国民なら幼稚園から大学院まで全て無償。児童生徒には教材と毎日の給食と、医療福祉サービスが無償で提供される。自宅が5キロ以上離れている場合には、学校までの交通費も支給される。

 授業時間は平均4~5時間。1時間の授業につき休み時間は15分と決まっている。よって子どもたちは外へ遊びに行く。子どもたちは他国に比べ、より少ない授業時間とより少ない宿題で効率的に学んでいる。また学校には共通テストや学校審査はない。

 コアカリキュラムには横断的コンピテンシー(実践的な能力)が組み込まれている。これは好奇心と情報収集を促進し、生徒が自力あるいは周囲の人たちと協力しながら、さまざまな形のリテラシーを駆使して自発的に行動し、批判的思考を実践できるようになることを目指している。これは日常生活をどのように管理し、持続可能な方法で生活するかなど、現実における生活のニーズや課題にも関連している。この能力の発達は、保育と幼児教育が開始するとともに、日常の活動や遊びの一部分として自然に始まっている。

 そして幼児教育と学校の教師は、全員学士号の取得者。初等教育以上の教師には、教育または特定分野の修士号の取得が義務付けられている。フィンランドで教師とは大きな裁量をもつ自律した専門家。教師はそれぞれの担当科目の評価に責任を負う。それぞれの科目を教えるために割り当てられた授業時間について、カリキュラムとそのガイドラインに従うが、教え方は柔軟に選ぶことができる。

 また幼児教育から成人教育にいたるまで、フィンランド教育のあらゆる段階で話題の重点分野には、さまざまな取り組みやプログラムが組み込まれている。たとえばプログラミングのスキルは、幼児教育と保育の早い段階から導入される。文字を読む書く力だけではなく、さまざまな形式・媒体・文化的背景を持つ情報を理解し表現する力のマルチリテラシーや、新聞、テレビ、SNS、動画配信などメディアから発信される情報を批判的に読み解きや発信する力のメディアリテラシーに関する学習は、初等中等教育、前期中等教育、後期中等教育、高等教育および生涯学習まで継続する。

 もうひとつの重要なテーマは、サステナブルな未来の構築への参加と関与。身近な自然と自分たちの関係を通じて環境保護の重要性を理解する学習は、地域社会やコミュニティへの関与、意思決定や責任を学ぶことで培われる。

 フィンランドの教育システムは、学習者中心の指導法、教育レベルの高い教師、そして新しい技術に迅速に対応する柔軟性という長所で成り立っている。

出典:
FINFO – Education in Finland
https://toolbox.finland.fi/wp-content/uploads/sites/2/2024/04/finfo_education_ja_pdf_toolbox.pdf


 幼稚園から大学までの教育費が無償のフィンランドや他の北欧4カ国でもTFRが減少している。つまりTFR減少の理由は教育費の高さだけではないことが見えてくる。都市化による生活コストの高さとお金の不安、近所の助け合いの希薄化など、複合的なものということになってくる。


 日本の教育は戦後、一斉授業の知識の詰め込み型で、学習プロセスはあらかじめ国が定めた一つの答えや基準が存在し、その正解を知識として獲得することに重きが置かれていた。小学校の段階からテストによる点数化と競争も行われてきた。それでも近年、主体的・対話的で深い学びへの転換が進んでいる。

 フィンランドの教育は創造性・自主性の育成、日本は基礎学力の確実な定着や規律ある学習習慣という違いがあった。フィンランド以外の北欧諸国の教育制度は、内容の細かな違いはあるが同じ方向性になっている。

 GDPは人口や国の規模にも影響を受け、また本書ではGDPが重要な指標という捉え方はしていない。ただGDPを意欲的で創造的な活動と見るのであれば、北欧5カ国は日本よりも効果的に活動していると見られる。しかも教育段階において日本の方が点数は高く、そして労働時間は日本の方が多くても、GDPは北欧5カ国の方が高い。そして幸福度も北欧5カ国のほうが高い。
 この背景にはまず、ここまで見てきた政府の制度設計が効率的かつ透明であり、国民から高い信頼を得ていることが挙げられる。加えて手厚い福祉制度による高い幸福感が労働意欲や集中力、創造性を高め、結果として経済活動の質を押し上げていると考えられる。そして労働時間が短ければそれだけストレスも減る。そして教育段階で育まれてきた創造性・自主性の育成という側面も関係している。

 ただ全てが完璧ではなく、例えば2020年代にはノルウェー人の80%が都市部に住んでおり、都市部では住宅費と生活費の負担が課題となっている。

 

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