◯農村と都市の価値観の違い
古代から続いてきた自給自足で成り立つ農村と、生活が完全に貨幣に依存する都市では価値観が大きく異なる。その傾向をまとめたのが次の表。
農村の自給自足的価値観と都市の貨幣的価値観
都市にあって農村にない(または希薄な)もの
日本の地方では農村的な共同体的・自給自足的価値観がまだ根強く残っている。ただし、貨幣的価値観の浸透や都市化の影響で変化しつつもある。例えば若い世代の流出や核家族化、スマホ普及による情報の都市化によって、徐々に共同体意識が希薄になってきている側面など。反対に都市に住んでいる人でも、農村的な共同体の価値観が強い人もいる。
1945年の戦後、多くの地域では依然として家族・地域・農村共同体中心の生活が主流だった。子どもは生活の一部であり、将来の労働力や家族の支えとして多産が自然と促された。効率やコスト意識など貨幣的価値観はまだ生活の中心ではなく、人口抑制の意識も薄かった。
しかし時代が進み、都市に住む人が増えると、生活費を稼ぐために夫婦共に働くことが増える。都市で子育てをすると、誰かの助けが必要になる。その時に実家の親などが近くにいてくれればいいが、それができないこともある。
日本では仕事などで保護者が昼間に家にいない小学生を対象に、放課後や長期休みに安心して過ごせる場を提供する学童保育がある。この利用者が1998年には約33万人だったのが、2023年には約140万人と4倍近く増えている。利用者の年齢は2023年では1年生(6〜7歳)が30.5%と最も多く、2年生(7〜8歳)が27.9%、4年生(9〜10歳)が11.6%、6年生(11〜12歳)が2.9%となっている。
少子化が進んでいる日本でこの学童保育利用者の急増は、都市化による共働き世帯の増加や地域コミュニティの希薄化といった社会変化を象徴している。
出典:
調査結果1 2023年5月1日現在の学童保育数、入所児童数, 全国学童保育連絡協議会
https://www2s.biglobe.ne.jp/~Gakudou/pdf/pressrelease20240117.pdf?utm_source=chatgpt.com
農村の中に貨幣が導入されると、始めは補助的役割だった貨幣が徐々に生活の目的に変わっていったのが、紀元前3500年頃の古代メソポタミアから2020年代までの流れ。貨幣が導入されると商業が発達し、企業や個人が効率化・規模拡大を追求し、競争の激化が都市集中を加速させる。
逆説的に言うと貨幣社会のもとでは、農村の自給自足生活や小規模・協働的共同体の維持が困難になる。
貨幣的価値観が広がり個人主義が強まってくると、共同体による助け合いの意識が希薄になる。すると当然、孤立した人々には不安感が芽生えてくる。
貨幣的価値観と人々の孤立感・不安・孤独感・鬱の関係
こういった貨幣的価値観は徐々に社会全体に浸透し、時間の使い方、お金の稼ぎ方、自己評価、他者との関わり方すべてが貨幣的価値観に染まる。これが雰囲気や空気感として広がり、社会の常識や当たり前として定着していく。そして人々の行動や判断基準は無意識のうちに貨幣的価値観に支配されていく。
◯貨幣的価値観がもたらす伝統文化への影響
都市化すると個人主義・効率主義や共同体意識の希薄化が進むので、伝統文化も衰退していく。
都市化・貨幣価値観がもたらす伝統文化への影響
人間社会は複雑に様々な要素が絡み合う。農村と都市の価値観という風に二つにきれいに分かれるわけではなく、農村の中にも都市の価値観が混ざったり、都市の中でも町内会など趣味のコミュニティが活性化している場所もある。
こういったことを前提に大きな傾向としてになるが、都会のように周囲に誰が住んでいるのか分からず、人間関係が断片的・匿名的になると、地域はただの生活空間となり、地元への帰属意識や責任感は希薄化していく。その中、都市の貨幣的価値観ではすべての物事がコストと利便性で測られる。伝統的な行事は非効率とされ、必要ないものとして排除されやすい。そして費用面だけでなく、「やる意味があるのか?」という合理主義的疑問が若い世代に広がる。
一方、農村のように顔見知りが多い地域では、日常的な挨拶や助け合いを通じて、人と人とのつながりが可視化される。その結果、地域そのものが自分の居場所として心に根づき、地元意識や共同体意識が自然と育まれる。
地元への帰属意識が強くなることで、人はその地域を自分ごととして捉えるようになる。すると自然と地域への貢献意欲が高まり、祭りや清掃活動、伝統行事などにも主体的に参加する傾向が強まる。地域の課題や他者の困りごとも無関係なことではなくなり、共助の精神が日常に根づいていく。
そして地方の農村でも都市化の波は押し寄せている。
農村の都市化
◯農村と都市の幸福度
日本の農林水産省の農林水産政策研究所では、2015年に農村と都市の幸福度の調査を行っている。これは最も不幸と感じる場合に0点、最も幸福と感じる場合に10点として回答する計測方法。
結果は都市から農村まで幸福度に大きな差はないが、農村住民が都市住民より若干幸福度が高い結果となっている。また都市住民は所得が上昇するほど幸福度が上がる一方、農村住民は人とのつながりや信頼関係が豊かな人ほど幸福度が高いこともわかっている。
出典:都市住民に比べて農村住民の幸福度は高い?何が人々の幸福度に影響を与えるのか,農林水産政策研究所
幸福度に影響を与える要素
注:係数の数値が大きい程、その要素が該当する住民の幸福度に大きな影響を与えていることが推定される。下線は統計的に有意な結果であることを示す。
出典:都市住民に比べて農村住民の幸福度は高い?何が人々の幸福度に影響を与えるのか,農林水産政策研究所
都市では物質的・利便的なメリットと社会的孤立があり、農村では強い社会的結びつきと物質的制約がある。また農村では若者の都市への流出が起こり、孤立する高齢者も増えている。こうした結果は、幸福度を高めるには物質的条件だけでなく、人間関係の質や生活の意味づけも重要だと示唆している。
各国調査からデータを収集する大規模な国際共同研究プロジェクトのワールド・バリュー・サーベイ(WVS)の第4回調査(1999年〜2004年)では、回答者に社会的または宗教的グループに属しているか、友人と過ごす頻度、そして生活に幸福を感じているかなど、数百もの質問をした。頻繁に社会的交流がある人々とそうでない人々の自己申告による幸福度を比較することで、異なる社会において幸福と社会関係の間に実際に相関があるかどうかを把握することができる。
次のグラフで、緑の点は月に一度以上友人と交流する人々の幸福度を表し、青い点は友人と過ごす時間がそれよりも少ない人々の幸福度を表している。このグラフは、ほぼすべての国で、友人と頻繁に時間を過ごす人の方が、そうでない人よりも幸福であると報告している。
幸福と友人関係
https://ourworldindata.org/social-connections-and-loneliness
またオックスフォード大学のウェルビーイング研究センター(Wellbeing Research Centre)が、ギャラップ社、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(UN Sustainable Development Solutions Network)、および独立した編集委員会との連携によって発行した「世界幸福度報告書2020年(World Happiness Report 2020)第4章 世界における都市と農村の幸福度の差」では、世界的に見て都市のほうが農村より幸福である割合が高かった。これは都市と農村の幸福度の違いについて、150か国規模で調査を行ったもの。
世界の都市と農村の幸福度
出典:World Happiness Report 2020, Chapter 4 Urban-Rural Happiness Differentials Across the World
https://www.worldhappiness.report/ed/2020/urban-rural-happiness-differentials-across-the-world/
また同調査では都市の発展段階に応じて幸福度が逆転するという都市のパラドックス(urban paradox)について、次のように指摘している。
「経済発展の初期段階では、都市部では所得や経済機会が多く、農村よりも幸福度が高い。しかし発展が進んだ段階では、所得増加・技術進化・交通・デジタルインフラの整備によって、農村がアクセスしやすく・多様化され、仕事の性質も変化する。結果として、農村部や小さな町の幸福度が都市と並び、時には追い越すことさえある。」
「開発途上国では、都市の利点が郊外や地方の居住地に比べて幸福度で上回る場合が多いが、先進国の都市住民の大多数にとっては、必ずしもそうとは限らない。先進国の農村地域では農業依存が減少し、都市圏の拡大により、多くの人々が大都市圏の近くに住み、働くようになっている。その結果、経済機会やサービスなど都市の恩恵を借りることができる一方で、都市特有の混雑、ストレス、物価高など負の影響からはある程度免れている。」
「また、不幸な人が都市へ、幸福な人が田舎へ移動するという選択的移住も影響している可能性がある。西欧では田舎の中でも不幸な層が都市に移動する傾向がある。結果として、都市には独身者、失業者、移民などが多く集まり、それが都市の平均幸福度を押し下げる要因となる。」
「この傾向は、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、英国、アイルランド、ドイツ、イタリア、オランダといった国でも確認されている。さらに、中国や香港といった、急速に経済発展中の地域でも、大都市で平均幸福度が低下する現象が見られるようになっている。」
「北・西ヨーロッパ、北米、オーストラリア、ニュージーランドでは、都市より農村部の方が幸福な人々が多くなっていて、それ以外は都市の幸福度が高い。
世界全体でみる都市‐農村の幸福度の差(都市 – 農村)
分析から明らかになったのは、農村部での幸福度が高い主な理由としては次の三つとなっている。
⚫︎地域への愛着
⚫︎住居の手頃さ
⚫︎単身世帯の割合の低さ(パートナーがいる割合の多さ)
つまり都市部は収入や学歴で有利だが、農村部は住宅の満足度や地域のつながりで優位。単身世帯が少ないことも幸福度を押し上げる要因となり、結果的に、わずかながら農村の方が幸福度が高い結果となっている。
反対に西側諸国の都市部の幸福度が下がる要因として次の分析結果がでている。
⚫︎通勤の長さ。
⚫︎所得格差の大きさ。
⚫︎交通渋滞や日常生活のストレス。
⚫︎治安の問題(安全性)。
また教育と都市生活の関係について次のようにまとめられている。
⚫︎教育を受けるため、またはその成果を活かすために人々は都市に向かう。
⚫︎都市は高学歴者にとっては収入・選択肢・社会的ネットワークが豊富で生活の質が高い。
⚫︎反面、都市で働く低学歴者(サービス業等)は長距離通勤・低収入・住宅費の高さで幸福度が下がる。
⚫︎15〜29歳は低・中学歴者は農村の方が幸福度が高く、高学歴者は都市の方が幸福度が高い。
全体としては都市の利点を享受できるのは、一部の経済的・教育的に恵まれた層に限られ、その他大多数の人々はむしろ幸福度が下がっている。
ここまでを見ると、人とのつながりや信頼感が豊富で、格差が小さく、生活するのに余裕があり、生活ストレスが少なく、職業の選択の自由があることが幸福度に関係していると見えてくる。
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