◯合計特殊出生率(TFR)
合計特殊出生率(以下、TFR : Total Fertility Rate)は、各年の15歳~49歳の年齢別出生率を合算し、それらの出生率が今後変わらないと仮定した場合に、仮想の1人の女性が一生のうちに産むと予想される子どもの人数。これは期間合計特殊出生率(Period TFR)とも呼ばれる。
フィンランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドの北欧5カ国は、世界幸福度報告書で常にトップ10入りしている。福祉国家でもあり、学費も無償であったりするのに、それでもTFRは下がり続けている。また5カ国とも農村と都市の人口では圧倒的に都市に住む人の数が多く、北欧5カ国の74〜86%の女性は仕事をしている。
これらから考えると、学費が無料になり幸福度が高くなってもTFRが上がるわけではないということ。また都市化して女性も働くことが増えると子供を産む人数も減るのかと推測されるが、しかし次のグラフにあるようにメキシコ、トルコ、コスタリカは、女性が仕事をする割合が36〜51%ほどとなっているが、TFRは下がり続けている。
女性の労働力参加率(15~64歳)、2000年~2016年
女性が仕事をする割合が北欧5カ国の半分ほどでもあるメキシコ、トルコ、コスタリカでも、TFRが減少傾向。
メキシコ、トルコ、コスタリカのTFR(1950年〜2023年)
またメキシコ、トルコ、コスタリカも北欧5カ国と同じく、都市に住む人口の方が圧倒的に農村に住む人口より多い。
メキシコの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口
トルコの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口
コスタリカの都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口
こういったことから、福祉など社会の制度が整えばTFRが上がるという単純な構図ではない。また女性が働くからTFRが下がるというわけでもない可能性も見えてくる。
2024年のドイツ連邦人口研究所のKerstin Ruckdeschel氏の論文「Ready for Parenthood? On Intensive Parenting Ideals and Fertility」ではドイツにおいて、理想的な条件が整うまで子どもを持つことを延期する傾向があることを指摘している。
⚫︎十分なお金が必要という考えが強いほど、第二子・第三子の出産確率が大幅に低下。
⚫︎親は専門的な情報を得るべきという考えが強すぎると、親になることへの不安が増大。
⚫︎子どもを最優先にすべきという子ども中心主義が強いほど、完璧主義的子育て観も強く、第三子出産が困難。
⚫︎仕事と家庭の両立への期待が高まり、男性が家族形成を躊躇。経済的責任と育児参加の二重負担への懸念。
出典:
Ready for Parenthood? On Intensive Parenting Ideals and Fertility, Kerstin Ruckdeschel
https://www.researchgate.net/publication/377568809_Ready_for_Parenthood_On_Intensive_Parenting_Ideals_and_Fertility
次の表では、教育年数が高くなるほど、その国の一人当たりGDP(収入水準)も一般的に高くなる傾向を示している。つまり、親は子どもに良い教育を受けさせることで、将来の高い給与につながると考える傾向がある。よって1人に必要な教育コストが上がるため、たくさん産むことは難しくなる。
教育年数と収入の関係(2023年)
ここまでをまとめると、都市の貨幣的価値観が浸透することにより、次の要素が複合的に重なり、世界的にTFRの低下につながっている。
⚫︎子供を持つ=生活の自由度の低下、経済的負担の増加、精神的・時間的な余裕の喪失、というイメージが定着し、実際にそうなる。
⚫︎学費は無償でも、習い事、衣食住、教育支援、育児サービスなど、周辺コストは無視できない。
⚫︎将来の収入に影響を与えるため、子どもに質の高い教育や生活を与えたいという親の願いが大きくなっていることもあげられる。よって教育費用が上がるため、少なく産んで集中的にお金を注ぐ。
⚫︎都市化によって核家族化が進み、両親などの子育ての支援が乏しくなった。
⚫︎コミュニティのつながりや助け合いの希薄化。
またTFRは下がっているが、それを移民政策で補おうとしている国もある。オーストラリア、アメリカ、ドイツ、カナダは1990年から2023年まで、人口に占める移民の割合が増えている。日本、韓国も増えているが微増。
国別の他の国で生まれた人口の割合(1990年から2024年)
https://ourworldindata.org/grapher/migrant-stock-share?tab=line&country=AUS~CAN~DEU~USA~KOR~JPN
移民政策は労働力不足を緩和する側面はあるが、中長期的にはTFRは減少傾向。都市化の影響もあり、移民2世以降のTFRは現地住民並みに低下する。
TFR:女性1人あたり
これらの国の年齢別人口で見ても、30〜34歳から0〜4歳へ向けて人口が少なくなっていっている。
アメリカの年齢別人口(2023年)
https://ourworldindata.org/grapher/population-by-five-year-age-group?country=~USA
カナダの年齢別人口(2023年)
オーストラリアの年齢別人口(2023年)
日本の年齢別人口(2023年)
韓国の年齢別人口(2023年)
それでも人口がまだ増加している国があるのは都市化のTFR低下による影響よりも、医療整備が整ったことによる乳児死亡率の低下と平均寿命が伸びた影響がまだ大きいため。日本の場合はその時間差による人口増加が終わり、人口減少が始まった国の代表例。
移民政策も一時的には人口を増やすことはできるが、中長期で見ると都市化によるTFR低下を防ぐことはできず、人口減少に転ずる。
そしてTFRが2.1人を下回っている日本でも、まだ2.1人を上回っている市がいくつかある。
日本の市区町村別にみた合計特殊出生率の上位(2018年~2022年)
出典:
日本、厚生労働省、人口動態保健所・市区町村別統計の平成30年~令和4年の統計
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/137-19.html
上位の市町村は鹿児島県と沖縄県に集中しており、離島か沖縄本島のみとなっている。つまり本州などの大都市圏から直接アクセスが難しい地域。
これらの場所にはまだ田畑が多く残っており、伝統的な農業や漁業が生活の基盤になっている。こうした地域では、都市部のようにスーパーでほとんどの食材を買う生活とは違い、地元で自分たちが育てた作物や海産物を日常的に食べる文化も根強い。
そして沖縄や鹿児島の地方では、土地が比較的広く価格も安いため、都市部と比べると家の広さはやや大きく、庭や駐車スペースがあることも多い。生活費の負担も都市圏より相対的に軽い場合が多い。また地元で育った人が地元で子供を産むので、祖父母や親戚が近くに住み、拡大家族や地域の結びつきが強く、子育てのサポートも多くなる。
つまりこういった昔から続く農村の自給自足的価値観がまだ残っている場所なので、TFRの減少も都市部より遅くなっている。ただそれでも都市の貨幣的価値観の影響は浸透しており、TFRも年々減少傾向にある。
また日本の岡山県勝田郡(かつだぐん)奈義町(なぎちょう)は2002年以降に子育て支援を整備していき、2005年のTFR1.41から、2019年には2.95人まで増加した町。2019年の全国平均は1.36。その背景には「奈義町子育て応援宣言」として、経済面と精神面の子育てサポートが行われている。
奈義町独自の子育て・教育支援施策
出典:奈義町独自の子育て・教育支援施策
https://www.town.nagi.okayama.jp/gyousei/kosodate_kyouiku_bunka/ninshin_shussan_kosodate/kosodate/kosodate_ouensengen.html
さらに子供を持つ親の交流、助け合いが行われる場所の提供も行っている。
他にもスキマ時間に働きたい主婦と企業の人手不足をマッチングするサービスや、3LDKの家を月5万円で貸し出してもいる。こうした子育て支援の財源のために、議員定数削減などで約1億6千万円を捻出した。
奈義町は2025年の段階で人口約5,500人の町。次の表はその出生数とTFRの推移。
※奈義町のTFRが「日本の市区町村別にみた合計特殊出生率の上位(2018年~2022年)」に出てこない理由は、全国比較を行う場合はベイス推定値を使用するため。ベイス推定は人口が少ない小地域の場合に数値が大幅に上下し不安定な動きをするので、広い地域である都道府県の出生情報などを活用し、これと各市区町村固有の出生数等の観測データを総合して当該市区町村の合計特殊出生率を推定している。この場合の奈義町のTFRは1.81人で50位に入っていない。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/hoken24/dl/sankou.pdf
出典:奈義町の出生数と合計特殊出生率(町単独単年)の推移
https://www.town.nagi.okayama.jp/gyousei/kosodate_kyouiku_bunka/ninshin_shussan_kosodate/kosodate/documents/syusshouritu.pdf
2021年9月から2022年10月の数字では、出身地を離れて進学・就職した人が、再び出身地やその近隣に戻って住むUターン者が91人、出身地とは関係なく外部から新たに移住したIターン者が97人となっていた。Iターンをする人々はメインが子育て世帯で、近隣の市町村や県内から移住していることがほとんどとなっている。
出典:
【出生数75.8万人の衝撃】「奇跡の町」が高齢者に突きつけた過酷な現実「子育て支援より墓じまいにカネを使うのか」
岡山県奈義町・奥正親町長インタビュー
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/79496?utm_source=chatgpt.com
奈義町や沖縄・鹿児島の例からは、子どもを産み育てるには今と将来にわたって安定して育てられる環境と安心感や、子育て時の地域や家族の助け合いが不可欠であることがわかる。そしてそれを支えるのは人(家族・地域コミュニティ)、物(生活基盤や医療など)、場所(自然・公園・公共スペース・保育園など交流の場)の三つをしっかり揃え、地域が子育てを丸ごと支える文化の構築が鍵となる。
しかし一方で、都市化が進み貨幣依存になると経済的負担が大きくなり、地域や家族の助け合いが薄れ、生活空間・自然環境・子育ての場所も限られる。そのために、今と将来に向けての安心感や確証が持ちにくくなり、結果として産み控えや少子化が進む傾向がある。仮に教育費を大学まで無償にしても、今の三つの要素の中で「物」の一部分を強化したに過ぎない。それ以外の要素に不安が残るならTFR増加は難しくなる。都市化によってTFRが低下するのは子育ての人・物・場所が弱まり、地域で子育ての文化が薄まっていることが背景にある。
TFRと人・モノ・場所(都市の貨幣中心生活 vs 農村の自給自足生活)
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