第3章3 産業革命後:文明の繁栄と衰退のパターン

 

◯日本


 日本では紀元前900〜前400年代の弥生時代に、アジア大陸から九州北部へ稲作技術が伝わり、農村が形成されていった。また紀元前200年頃の古代中国の秦の硬貨も見つかっている。

 日本で作られた金属貨幣で、現存する最古の銀貨は無文銀銭(むもんぎんせん)で、667年〜672年頃に発行されたと推定されている。ただし、農村では米や物々交換中心の生活が主流で、貨幣経済は限定的。

 710〜794年の奈良時代、農民は租庸調(そようちょう)という税を郡司(地方官)→中央政府という流れで納めていた。租(そ)は米や麦、庸(よう)は布や労働、調(ちょう)は絹や銅や馬など。租庸調が発展し、794年から始まる平安時代の中期からは徐々に年貢制へと移行し、国家や領主に納める仕組みが始まる。年貢は農地で生産した米や雑穀など。この時の日本も古代メソポタミアと同様に、奈良時代の中央政府は徴発兵(ちょうはつへい)中心の軍団を設け、税制度を始めた。

 1603年頃から、農民の自給生活をもとにしていた経済の仕組みが、幕府によって作られた金・銀・銭貨(せんか)の流通などによって、農村にも貨幣による交換経済が浸透する。そして年貢を現金で払うため、米を売ってお金に変えなければならなかったことが、現金収入を多くする商品作物の栽培に着目させ、地方では現金になる商品作物の栽培が普及し、新しい地方産業の発達をうながした。こうした貨幣経済は1688年~1704年の元禄時代に全国に及んだ。
 明治維新後、1868年から明治時代が始まり、近代化が推進され年貢制は廃止される。そして中央集権統一国家と資本主義社会への移行が進み、都市部での工業化を加速させる。それでも地方の農村などでは自給自足的な生活が一定程度残り、慣習はすぐには変わらなかった。


参考:
貨幣経済の発達と農村の変化, 香芝市
https://www.city.kashiba.lg.jp/site/sekki/7558.html



 その後、日本では高度経済成長期に入った1950〜60年代に、大都市圏で工業やサービス業が急速に発展し、若年労働力の需要が高まる。若者が仕事を求めて地方の農村から東京圏、名古屋圏、大阪圏の都市へ移住し始める。

 都市には高校や大学、専門学校など教育機関が多く、地方の若者が進学のために都市に移るケースも多かった。また若者は新しい生活様式や文化、娯楽などを求めて都市に惹かれやすく、農村より都市の利便性を選択した。
 若者の移出により労働力や人口の自然増も減少し、農村の高齢化も進む。これがさらに若者の流出を加速させる悪循環になった。

日本の都市(Urban areas)と農村(rural areas)の人口

https://ourworldindata.org/grapher/urban-and-rural-population?country=~JPN

日本の大都市圏の人口シェアの推移
 東京圏は埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の合計、名古屋圏は岐阜県、愛知県、三重県の合計、大阪圏は京都府、大阪府、兵庫県、奈良県の合計。

年代

東京圏

名古屋圏

大阪圏

三大都市圏合計

(11県)

その他地方圏

(36県)

1955年

17.1%

7.6%

12.2%

36.9%

63.1%

1960年

18.9%

7.8%

12.9%

39.6%

60.4%

1970年

23.0%

8.3%

14.8%

46.1%

53.9%

1980年

24.5%

8.4%

14.8%

47.7%

52.2%

1990年

25.7%

8.5%

14.7%

48.9%

51.1%

2000年

26.3%

8.7%

14.5%

49.5%

50.5%

2010年

27.8%

8.9%

14.4%

51.1%

48.9%

2015年

28.4%

8.9%

14.4%

51.7%

48.2%

(出典)大都市圏の人口シェアの推移, 各大都市圏・大都市都心部の機能集積状況の比較, 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/common/001233528.pdf


 1954年からは集団就職列車の運行が本格化し、戦後日本の象徴的な社会現象になる。

集団就職の始まりとピーク

年代

内容

1947年〜

戦後の混乱期に人手不足だった都市部で、地方からの若年労働者の受け入れが始まる。個別就職が中心。

1954年〜

国鉄(現JR)による集団就職列車の運行が本格化。農村の中学卒業者を対象に、東京・大阪などの工場・企業へ就職。

1955〜1965年ごろ

高度経済成長の始まりと重なりピーク期。年間で20万人以上が地方から都市部へ集団就職。全国から中学卒業後に都市へ移る金の卵と呼ばれる若者が増加。

1975年ごろまで

高校進学率の上昇と産業構造の変化により減少し、制度としての役割を終える。



 こうして農村から都市へ若者が移住し始めると、TFRが下がり始める。

日本のTFR(1947年〜2023年)

 1971年から1974年までの第二次ベビーブーム以降はTFRが下がっていくが、2010年の約1億2,806万人になるまでは人口が増えていく。


日本の人口(1947年〜2023年)



 TFRが減少しているなか人口が増えていく理由はブータンと同じで、医療水準が急速に向上していったため。1950年には乳児死亡率は1000人中約60人だったが、2020年代には約2人以下にまで低下。

日本の乳児死亡率(1949年〜2023年)
生後1年を迎える前に死亡する新生児の割合


 また平均寿命は1950年で59.3歳だったのが、2023年には約84.7歳となった。

日本の寿命(1865年〜2023年)


 農村から都市への移住者が増えるとTFRが下がる理由は、次のように複数の理由が重なる。根底にあるのは農村の自給自足的生活から都市での貨幣中心生活に変わるため。

 日本財団の2024年の日本全国の15~45歳の一般男女個人の調査では、子どもを持ちたくない理由は「経済的な負担が大きいから(養育費、教育費)」が最も高い。他にも女性は男性よりも「自分の自由な時間や生活を優先したい」「出産・育児に自信がない」 「子どものしつけなどストレスが増えそう」の割合が高い傾向にあり、経済面以外での懸念もみられる。
 「理想とする子どもの人数よりも実際に持つと思う子どもの人数が少ない理由」は、「経済的な負担が大きいから(養育費、教育費)」が最も高く、次いで「給与水準が低く経済的余裕がないから」が続く。
 地域で子育てをする上での障害は「生活コストの高さ(家賃、食費など)」「子育てにかかる費用の高さ」が高く、コストが主な障害となっている。 特に東京23区では「生活コストの高さ」が4割にのぼり、居住区分による差がみられる。

出典:少子化に関する意識調査 ~報告書~ 2024年11月29日, 日本財団
https://www.nippon-foundation.or.jp/wp-content/uploads/2024/11/new_pr_20241129_01.pdf?utm_source=chatgpt.com


 2020年の内閣府の少子化社会に関する国際意識調査で、理想のこども数を持たない理由で35歳未満の妻の回答では、8割近くの人が「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」となっている。続いて 「これ以上、育児の心理的、肉体的負担に耐えられないから」「自分の仕事に差し支えるから」「家が狭いから」が2割以上となっている。
 35歳以上では「高齢で生むのはいやだから」が42%ほど、「ほしいけれどもできないから」が25%ほどとなっている。

 共働き夫婦の仕事のある平日の帰宅時間についての調査でも、保育所への迎え、夕食、入浴、寝かしつけなどの育児が女性に集中するワンオペがみられる。また妻が64歳以下の全世帯のうち、3分の2が共働きとなっている。

 「地域子育て支援拠点を利用する前の子育て家庭の状況」では、「子育てをしている親と知り合いたかった」が71.9%、「子育てをつらいと感じることがあった」が62.6%、「子どもの友だちがほしかった」が61.6%、「家族以外の人と交流する機会があまりなかった」が57.2%、「子育ての悩みや不安を話せる人がほしかった」が55.4%、「大人と日常的な会話をしたかった」が54.9%と、孤立した育児の実態がみられる。「自国はこどもを生み育てやすい国だと思う理由」についても、「地域で子育てを助けてもらえるから」が5.5%とかなり低い割合になっている。同様の質問に対し、フランスは14.3%、ドイツは14.4%、スウェーデンは40.9%となっている。こういったことから、地域のつながりが希薄化している背景も読み取れる。

出典:
参考資料集, 内閣府
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_seisaku_kyouka/pdf/sankou1.pdf?utm_source=chatgpt.com

国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」(2021年)を基に内閣府作成。
注:対象は予定子ども数が理想子ども数を下回る、妻の調査時年齢50歳未満の初婚どうしの夫婦。 複数回答のため合計値は100%を超える。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_seisaku_kyouka/pdf/sankou1.pdf?utm_source=chatgpt.com


 日本の政府広報室作成の国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査」(各年版)では、不妊の検査や治療を受けたことがある人が、2002年では12.7%が2021年では22.7%となっている。これは夫婦約4.4組に1組の割合となっている。不妊の約半数は男性側に原因があるとされている。
 2020年には日本国内の18クリニックで、不妊治療についてオンラインアンケートを実施した調査もある。835名の女性から回答を得て、そのうち713名が就業中であった。約90%の参加者が「治療が仕事の妨げになる」と感じており、8%は実際に仕事を辞めていた。生活の質の低下は、不妊に対する悲しみや絶望感、気分障害、生活や仕事の混乱、治療に伴う複雑な薬などによる負担と関連していた。約70%の参加者が治療費の補助や短時間勤務・フレックスタイム制度などの支援を必要としていた。この調査結果から、働く女性にとって不妊治療は経済的・時間的負担が大きいことがわかる。

出典:
内閣府大臣官房政府広報室, 不妊治療、社会全体で理解を深めましょう, 国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査」(各年版)
https://www.gov-online.go.jp/article/202309/entry-7862.html?utm_source=chatgpt.com


Ichikawa T, et al. Infertility treatment hinders the careers of working women in Japan. J Obstet Gynaecol Res. 2020;46(10):2025–2034. doi:10.1111/jog.14387.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32808390/


 ここまでの日本のTFR減少の要因をまとめると次のようになり、一言で言えば「経済的負担と子育て不安の増大」。

カテゴリ

要因

経済・生活コスト

子育て費用の増大(養育費・教育費)


生活コストの増加(家賃・食費など)


不妊治療のハードル(費用・時間・心理的負担)

家族・地域環境

核家族化・地域の助け合い減少・地域支援不足・孤立育児


子育ての精神的・肉体的負担が大きい

教育・就労・社会的価値観

就労機会増加・共働き → 結婚・出産の晩期化

地域・人口分布

大都市圏人口集中 → 生活コスト増加、地域つながり希薄化


地方の人口減少・過疎化→ 全国的なTFR低下




 このように日本に見られた農村+貨幣の補助的使用の生活から、都市化が起こると次の流れとなる。


・都市化が始まり人口が集中し始める。
・都市に若者が増え、農村が衰退していく。 ・都市部での生活費の負担が大きくなり余裕がなくなる。

・子育ての不安が大きくなりTFRが下がり続ける。

・ただ医療設備が整い、一時的に人口が増加する。
・TFRが2.1人を下回ると、やがて人口減少に転ずる。

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