第3章9 産業革命後:文明の繁栄と衰退のパターン

 

◯権威主義と民主主義

 権威主義は少数の個人や集団が権力を握り、他の人々は従う社会構造のこと。意思決定はトップで行われ、個人の自由や意見は制限されることが多い。王政、独裁国家、軍事国家、そして多くの企業がその例。

 一方、民主主義は国民が政治に参加し、話し合い意思決定を共有する社会構造のこと。ここでは個人の自由や権利が保障される。これは2020年代の日本、アメリカ、北欧諸国の政治体制など。次の表は権威主義国と民主主義国を4つにわけた説明。


用語

意味

特徴

閉鎖型権威主義
Closed autocracies

国民の政治参加がほとんどなく、権力が一部の支配者に集中

選挙なし、言論・集会・報道の自由もほぼ制限

選挙型権威主義
Electoral autocracies

名目上選挙はあるが、自由で公正な選挙ではなく権力集中が続く

選挙は存在するが不公正、反対派への弾圧やメディア統制あり

選挙民主主義
Electoral democracies

自由で公正な選挙により政府が選ばれる国

基本的な市民権や政治参加の自由あり。ただし権利保障や法の支配は限定的な場合もある

自由民主主義
Liberal democracies


選挙民主主義に加えて法の支配、権力分立、少数意見の尊重などが制度として確立

個人の自由・権利が法的に保障され、権力の濫用が制度で制約される


 次の表は世界の民主主義国と権威主義国の割合のグラフ。

世界の民主主義国と権威主義国(1789年〜2024年)


https://ourworldindata.org/grapher/countries-democracies-autocracies-row


世界の民主主義国と権威主義国に住む人々の人数(1789年〜2024年)


https://ourworldindata.org/grapher/people-living-in-democracies-autocracies


 2024年では世界の167か所の国のうち約56%にあたる96カ国は権威主義国家で、世界人口の約55%が権威主義国家で暮らしている。

2024年 民主主義指数(政体別)

政体区分

国数

国数割合

世界人口割合

完全民主主義

25

15.0%

6.6%

欠陥民主主義

46

27.5%

38.4%

選挙型権威主義

36

21.6%

15.7%

権威主義体制

60

35.9%

39.2%

注:「世界人口割合」は、調査対象の167地域(165か国+2地域)の人口合計に基づく。微小国家を除くため、ほぼ全世界人口に相当。
出典:Economist Intelligence Unit, Democracy Index 2024
https://www.eiu.com/n/campaigns/democracy-index-2024/



2024年の民主主義と権威主義の国
 赤色やオレンジ色の国は権威主義国家でロシア、中国、アフガニスタン、サウジアラビア、エジプト、スーダン、エチオピアなど。水色や青色の国が民主主義国家。

https://ourworldindata.org/grapher/political-regime


人権保護指数(2024年)
 各国の市民の自由や人権がどれだけ守られているかを数字で示す指標では、ロシア、中国、サウジアラビア、エジプト、スーダン、エチオピアなどの権威主義国家ほど人権保護指数が低くなっている。


政治腐敗指数(2024年)
 ロシア、中国、アフガニスタン、エジプト、スーダン、エチオピアなど権威主義国家は、政治の腐敗指数も高くなる傾向。


表現の自由指数(2024年)
 表現の自由度もロシア、中国、アフガニスタン、サウジアラビア、エジプト、スーダン、エチオピアなど権威主義国家では低い。


議会における女性議員の割合(2024年)
 こちらは権威主義、民主主義国家に大きな差はない。ただ北欧諸国などは女性議員の割合が高い。



女性の政治的権限付与指数(2024年)
 議会での女性の割合、閣僚や政府ポストに就く女性の比率、政策決定への参加機会などを総合的に評価した指数では民主主義国家が高く、ロシア、中国、アフガニスタン、サウジアラビア、スーダンなど権威主義国家が低い傾向。


 ここまでの表では傾向として、権威主義ほど政治の腐敗度が高く、国民の人権や表現の自由度が低いものとなっている。


 次の2024年の国別の民主主義指数では、上位10カ国に北欧5カ国が入っている。


2024年 民主主義指数(0〜10)

順位

国名

スコア

選挙過程

(自由かつ公正か)

政府機能
(効率性・腐敗なし)

市民の政治参加

政治文化(人々の意識度)

市民自由度

1

ノルウェー

9.81

10.00

9.64

10.00

10.00

9.41

2

ニュージーランド

9.61

10.00

9.29

10.00

8.75

10.00

3

スウェーデン

9.39

9.58

9.64

8.33

10.00

9.41

4

アイスランド

9.38

10.00

8.93

8.89

9.38

9.71

5

スイス

9.32

9.58

9.29

8.33

10.00

9.41

6

フィンランド

9.30

10.00

9.64

7.78

9.38

9.71

7

デンマーク

9.28

10.00

9.29

8.33

9.38

9.41

8

アイルランド

9.19

10.00

8.21

8.33

10.00

9.41

9

オランダ

9.00

9.58

8.93

8.33

8.75

9.41

10

ルクセンブルク

8.88

10.00

9.29

6.67

8.75

9.71

11

オーストラリア

8.85

10.00

8.57

7.22

8.75

9.71

16

日本

8.48

9.58

8.93

6.67

8.13

9.12

17

イギリス

8.34

9.58

7.50

8.33

6.88

9.41

28

アメリカ合衆国

7.85

9.17

6.43

8.89

6.25

8.53

41

インド

7.29

8.67

7.50

7.22

6.88

6.18

145

中国

2.11

0.00

3.21

3.33

3.13

0.88

150=

ロシア

2.03

0.00

2.14

2.22

3.75

2.06

165

北朝鮮

1.08

0.00

2.50

1.67

1.25

0.00

167

アフガニスタン

0.25

0.00

0.00

0.00

1.25

0.00

出典:Economist Intelligence Unit, Democracy Index 2024
https://www.eiu.com/n/campaigns/democracy-index-2024/



 人類史を通じて見ると、権威主義的な統治形態が圧倒的に多数を占めてきた。紀元前3000年頃~1800年頃までの大部分の期間において、権威主義的な統治形態が約95-98%を占める。例えば絶対王制、専制君主制、神権政治、軍事独裁、貴族制など。
 一方、民主主義的要素を持つ統治形態は約2-5%ほど。古代ギリシャのアテネや部族社会の合議制など。

 民主主義が本格的に登場するのは1800年代後半以降で、1776年のアメリカ独立や1789年のフランス革命が契機となる。1900年代に入って民主主義国家の数が増加し始め、特に第二次世界大戦後と冷戦終結後に大きく拡大した。古代から次のような国家が権威主義体制だった。


古代からの権威主義国家

時代

地域・国家

支配体制

権力の正当化

特徴

紀元前3500年頃〜紀元前539年

メソポタミア(ウル、ウルク、バビロニアなど)

王政・神権政治

王権神授、神の代理人

王が法律・税・軍を掌握。楔形文字による法典制定。民衆は従属的地位。

紀元前3100年頃〜紀元前30年

古代エジプト

神権王制

ファラオの神格化(太陽神ラーの化身)

ファラオが政治・宗教・軍事を独占。巨大建築事業による権威誇示。官僚制度発達。

紀元前1600年頃〜紀元前221年

古代中国(殷・周)

封建王制

天命思想(天から委任された統治権)

王が最高権力者として諸侯を統制。血縁・地縁に基づく階層社会。

紀元前221年〜1911年

中国(秦〜清朝)

皇帝専制

天命思想・皇帝神格化

皇帝による中央集権的絶対支配。科挙制度による官僚統制。思想統制と焚書坑儒。

紀元前800年〜紀元前146年

古代ギリシャ(スパルタ)

軍事寡頭制

伝統・軍事的優秀性・スパルタ的価値観

軍事訓練中心社会。長老会議による寡頭支配。農奴制(ヘイロタイ)による労働力確保。

紀元前27年〜西暦476年

古代ローマ(帝政期)

皇帝独裁制

神格化・軍事力

皇帝が軍事・行政・宗教権力を集中。属州統治システム。市民権で統合図る。

988年〜1917年

ロシア(キエフ公国〜ロシア帝国)

専制君主制

ツァーリの神聖性・正教会権威

皇帝(ツァーリ)の絶対権力。農奴制による社会統制。正教会と国家の一体化。

1603年〜1868年

日本(江戸幕府)

封建軍事政権

武力・家格・儒教的秩序観

将軍→大名→武士→農工商の身分制。鎖国による情報統制。参勤交代で大名統制。

1871年〜1918年

ドイツ帝国

権威主義的立憲君主制

皇帝権威・プロイセン軍事伝統

皇帝が軍事・外交権握る。議会権限は制限的。軍部・官僚の政治的影響力大。

1922年〜1943年

イタリア

(ファシスト政権)

ファシズム独裁

国家至上主義・ローマ帝国復活

ムッソリーニ個人崇拝。黒シャツ隊による暴力支配。コーポラティズム経済体制。

1917年〜1991年

ソビエト連邦

共産主義一党独裁

プロレタリア独裁・社会主義建設

共産党による権力独占。計画経済と集団化。秘密警察(GPU/NKVD/KGB)による統制。

1933年〜1945年

ドイツ(ナチス)

全体主義・ファシズム

人種主義・ドイツ民族優越・総統制

ヒトラー個人独裁。ゲシュタポによる監視国家。ホロコーストと侵略戦争。

1930年代〜1945年

日本(軍国主義期)

軍国主義・軍部主導の権威主義

天皇現人神思想・八紘一宇(はっこういちう)

軍部独走による政治支配。国家総動員体制。思想統制と言論弾圧。

1939年〜1975年

スペイン

(フランコ政権)

保守的軍事独裁

カトリック・伝統的価値観・反共

フランコ個人独裁。カトリック教会との結合。地域言語・文化の弾圧。

1926年〜1974年

ポルトガル

(サラザール政権)

権威主義独裁

カトリック・ポルトガル的価値観

エスタド・ノヴォ(新国家)体制。秘密警察PIDE。植民地帝国維持政策。

1973年〜1990年

チリ

(ピノチェト軍政)

軍事独裁

反共産主義・経済近代化・秩序回復

軍事クーデター後の恐怖統治。新自由主義経済と政治弾圧の併存。

1976年〜1983年

アルゼンチン(軍事政権)

軍事独裁

反共・西洋キリスト教文明防衛

「国家再編プロセス」。「汚い戦争」による反対派弾圧。経済政策は失敗。

1959年〜

キューバ(カストロ政権)

社会主義一党独裁

革命的正統性・反帝国主義

共産党独裁。計画経済体制。アメリカとの対立構造を利用した権力維持。

1966年〜1998年

インドネシア(スハルト政権)

軍事権威主義

開発独裁・国家統一・反共

新秩序体制。経済発展と政治統制の両立。腐敗の蔓延と、親族や縁故関係を基盤にした裙帯(きゅうたい)資本主義。

1980年〜

中国

(改革開放後)

権威主義的一党制

共産党指導・経済発展・中華民族復興

市場経済導入も政治的独裁維持。デジタル監視技術活用。習近平の権力集中。

1988年〜

ミャンマー

(軍政期)

軍事独裁

国家統一・仏教的価値観・反植民地

軍部(タトマドー)による直接・間接統治。2021年クーデターで民政移管逆行。

2000年〜

ロシア連邦(プーチン体制)

権威主義的大統領制

強いロシア復活・伝統的価値観・反西洋

「管理された民主主義」。オリガルヒ統制、メディア支配、野党弾圧。


 次は古代からの民主主義国家の例。


古代からの民主主義国家

期間

地域・国家

支配体制

権力の正当化

特徴

紀元前509年〜紀元前27年

ローマ(共和政)

制限的共和制

元老院・民会・選挙

執政官や護民官の選挙、元老院の助言権。貴族優位で、奴隷・女性は政治参加から除外。民会(Comitia)による限定的な市民参加。

紀元前508年〜紀元前146年

ギリシャ(アテネ)

直接民主制

市民参加・議会決議

成人男性市民による議会(エクレシア)での直接投票。女性、奴隷、外国人は除外。抽選による公職選出(例:ブーレ)。

1100年代〜1797年

ヴェネツィア共和国

制限的共和制

商人・貴族の合議

大評議会(商人・貴族による)での統治。ドージェ(元首)の選挙制。市民の政治参加は限定的。

1400年代〜1800年代

北アメリカ(イロコイ連邦)

合議制連邦統治

族長・母系制の合意

6部族(モホーク、オナイダなど)の連合。「大いなる平和の法」に基づく合議制。女性(クランマザー)が族長選出や意思決定に影響。

1215年〜

イギリス

議会制の進展

王権と議会の合意、法の支配

マグナカルタ(1215年)で王権制限、権利章典(1689年)で議会優位確立。選挙は貴族・地主中心で、1832年の選挙法改正で中産階級へ拡大。

1776年〜

アメリカ合衆国

共和制・民主制

人民主権・憲法

代議制民主主義、憲法(1787年)に基づく権力分立。初期は白人男性(財産所有者)に投票権限定。女性参政権(1920年)、公民権拡大(1965年)。

1789年〜1799年

フランス(第一共和政)

共和制・制限的民主制

人民主権・権利の宣言

絶対王政打破、国民議会による統治。「人間と市民の権利の宣言」(1789年)。不安定でナポレオンの独裁(1799年〜)へ移行。

1848年〜1852年

フランス(第二共和政)

共和制・民主制

人民主権・男性普通選挙

1848年革命で男性普通選挙導入。議会制と大統領制の併存。ナポレオン3世のクーデター(1852年)で終焉。

1866年〜

スウェーデン

立憲民主制

選挙・法の支配

1866年議会制改革で二院制確立。1907年に男性普通選挙、1919年に女性参政権。法の支配と権力分立が進展。

1919年〜1933年

ドイツ(ワイマール共和国)

立憲民主制

国民の選挙権・憲法

1919年のワイマール憲法で普通選挙、議会制、基本的人権保障。経済危機と政治的不安定でナチス政権(1933年)の成立によって終焉を迎える。

1947年〜

日本

立憲民主制

国民の選挙権・憲法

1947年の日本国憲法で人民主権、天皇は象徴。議院内閣制、女性参政権、基本的人権保障。占領期(1945-1952年)はGHQの影響強い。

1950年〜

インド

立憲民主制

国民の選挙権・憲法

1950年のインド憲法で世界最大の民主国家に。普通選挙、連邦制、世俗主義。カーストや宗教的多様性の統治に挑戦。



 古代より権威主義が支配的だったが、それでも市民の中で平等意識が高まり、民主主義が広まっていく。その過程は次のようになっている。

 古代から権威主義が大部分を占めてきたが、1100年代より都市商人や手工業者が経済的に力を持ち始め、従来の封建的階層に依存しない経済活動が広がる。経済力を持つ層が政治的影響力を求めることで、権威主義への挑戦意識が生まれる。これにより中世ヨーロッパでは自由都市同士の都市間同盟が増える。1300年代には商人の商業組合が都市同盟に発展したハンザ同盟が現れる。またイギリス、オランダの議会制の発展にもつながる。
 1400年頃からコロンブス(1492年)やヴァスコ・ダ・ガマ(1498年)などが現れ、大航海時代の世界貿易拡大によって都市商人層がさらに強化される。同時に商業革命も起こり、メディチ家など銀行制度の発展や、1602年のオランダ東インド会社による世界初の株式会社と株式市場の誕生などがあり、資本主義の基盤が形成される。こういった商人層の力は、絶対王政への対抗に寄与する。

 1450年前後には、グーテンベルクの印刷技術の登場で本やパンフレット、新聞などの印刷物が普及し、知識や思想が広まる。そして1600〜1800年頃のロック、ルソー、モンテスキューなどの思想が、権利や平等、法の支配の意識を刺激。これがアメリカ独立革命(1776年)やフランス革命(1789年)に直接影響を与える。また市民は都市生活や商業活動を通じて、対等な関係で意思決定する経験も蓄積。

 そういった市民の意識が少しずつ変化していく中で、1760年頃からイギリスで始まる産業革命とそれに伴う世界規模の変化により、国民意識の平等志向が拡大し民主主義も広がる。
 例えば鉄道・蒸気船・郵便網が整備され、遠方の出来事や思想が国内外に速く伝わるようになった。通信・輸送技術が発展し情報が広がると、市民は王権や封建制の外の情報に触れる機会が増え、自分たちの権利や自由について意識するようになった。さらに さらに工場制生産や都市化で、従来の貴族や地主中心の社会だけでなく、市民層や労働者層が経済的に力を持つようになった。財産や生産手段に基づく新しい影響力が生まれ、政治参加を求める圧力になる。
 教育と識字率の向上もまた市民の意識を変える。産業革命期に学校教育や新聞・出版物が普及し、一般市民の識字率が向上。啓蒙思想やフランス革命・アメリカ独立革命の理念が、通信や印刷物を通じて広まり、民主主義や平等の価値観が世界的に普及。市民が自分たちの意見を持ち、政治や社会に影響を与える意識が醸成された。
 結果として市民の意識の変化は、政治制度の変化に反映される。選挙権の拡大、立憲主義、議会制の整備など民主化の波が各国に広がった。
 こうして市民の意識に大きな変化が見られつつも、それでも日本のように軍国主義に陥る国もあった。ドイツ、ロシア、イタリアなども、産業化後に一時的に権威主義に回帰。直線的に民主主義が広がってきたわけではなかった。しかしそれでも平等と民主主義の意識は広がり、1947年ではインド、1960年代にはアフリカへも民主主義の意識は広がっていく。


 こういった流れを見ると、市民が情報を得て、社会的に力を持ち自立し始めることが、権威主義にとって都合が悪いことと見えてくる。つまり市民を無知にしておいて、何も問題はないと思わせておき、疑問を持たせず、王・神の権威は絶対とすることが支配者にとっては都合が良かった。
 古代ローマ時代に見られた「パンとサーカス」が有名だが、これは民衆に食料(パン)と娯楽(剣闘士の試合や劇など)を与えることで、政治的・社会的な不満や批判をそらす方法。民衆を幸せで満たされていると錯覚させ、政治的に従順に保ち、教育や情報へのアクセスを制限することで、権力への挑戦を抑制。支配層が民衆を無知・無関心に保つ構造の一部。権威主義国家や民主主義国家でも、2020年代でも類似の手法が見られることがある。


古代ローマと2020年代のパンとサーカス

種類

内容

古代ローマの例

2020年代の例

経済的補助・物資配布

生活必需品を提供し不満を抑える

無料の穀物配給(パン)

食料や燃料の配給、現金給付、公共料金補助

娯楽・スポーツ

国民の関心を政治以外に向ける

円形闘技場の剣闘士試合、戦車競走(サーカス)

マスゲーム、大規模スポーツ大会、W杯、オリンピック、万博

メディア・情報操作

娯楽・情報で政治批判を抑制

政府公認の詩や劇

国営テレビ・ラジオ、SNS情報誘導、人気ドラマや映画

国威・ナショナリズム演出

国家の威信を示して不満を弱める

勝利行進、凱旋式、国旗や像の掲示

国家記念日の祝賀行事、軍事パレード、国際イベントの誘致・開催


 2020年代のパンとサーカスは、古代ローマの統制目的に加え、商業的利益、国際的地位向上、デジタル化による複雑性が特徴。民主主義国家では市民の批判や情報アクセスにより効果が限定されるが、独裁国家では統制ツールとして強い。

 権威主義は紀元前9000年頃の農業革命より見られ始める。それ以前の狩猟採集社会では、平等主義的リーダー制が強かった。


 紀元前9000年より前の狩猟採集社会の権威は国家権力のような強制的ではなく、平等主義的傾向が強く、能力や信頼に基づき柔軟なリーダーシップを発揮。この平等主義的リーダー制では、年長者、経験豊富な狩猟者、シャーマンなど霊的リーダーが意思決定や社会秩序の維持に影響を与えた。遺跡や埋葬、集落の規模などから、大規模な階層社会や権力集中はほとんど見られないことが分かっている。また現存する狩猟採集民、例えばアフリカのサン族、オーストラリア先住民の一部を見ると、明確な支配階級や固定した権威者はなく、状況に応じてリーダーが変わることが多い。これをもとに過去の狩猟採集社会も類似していたと推定される。よって血統や富の独占はほとんどなく、個人の能力・知識・信頼度に基づく権威があった。強制力は限定的で、説得や社会的圧力が主。狩猟・防衛や緊急時にはリーダーの指示に従うことが一般的だった。ただロシアのモスクワ近郊のスンギール遺跡では、子供にもかかわらず非常な手厚い埋葬の後が見られ、親の功績に伴う世襲的威信の兆候があった可能性はある。ここは約3万年前の遺跡。


 紀元前9000年頃、定住し農業を始めると食料生産が安定し、人口が増加する。農村間で資源・土地をめぐる小規模な衝突が発生。防衛、耕作、食料管理などの役割が固定化。力や技術に基づき、特定の個人や家系が意思決定に影響を与える。腕力や戦闘力のある者がリーダーとして認められる。力や経験に基づく支配が徐々に制度化され、部族内の権威主義的構造が形成される。つまり農業開始による定住・人口増加・戦争リスクが、権威を集中させる社会構造を生んだ。


 紀元前3000年頃より、メソポタミアで大麦や金属の秤量(しょうりょう)貨幣が登場する。王、神官、貴族の支配者層が貨幣を独占。軍事・行政・宗教活動への資金投入が容易になる。経済力に基づく支配が強まり、権威主義構造が強まる。労働者・農民・奴隷の政治参加はほぼ不可能となる。貨幣は単なる経済手段ではなく、権力を強化し権威主義を制度化するツールとして機能した。

 権威主義は政治腐敗がひどく、国民の人権侵害が起こり、自由な表現もできなくなる。では民主主義が良いかというと、こちらも万能ではなく問題がある。

民主主義の問題点

問題点

内容

具体例

政治腐敗

政治資金や行政の癒着、不正な便宜供与

選挙資金の不透明、天下り、談合

ポピュリズム

人気取り優先で長期的政策が犠牲に

短期的な経済刺激策、移民政策論争

政策の停滞

意見の対立や多党制で重要政策が進まない

インフラ整備や税制改革の遅れ

世論分断

SNSやメディアで意見が極端に分かれる

偽情報拡散、極端な政治思想の拡大

投票率低下・政治無関心

市民参加が減り、代表性が低下

若年層の低投票率、地方選挙での低参加

権力の偏り

大企業や特定団体が政策に過剰な影響

ロビー活動、財政支援での影響力行使

少数派の権利軽視

多数派の意思が優先され、少数派が排除されやすい

少数民族・女性・LGBTQの権利軽視


 民主主義では基本的に多数決が決定手段となるが、例えばある問題に対して意見が分かれたので多数決をしたとする。結果、51人対49人になった。すると51人側の意見が通ることになるが、49人という約半分が賛同しないまま物事が決定され進む。これだと社会の分断や不満が残りやすく、場合によっては政治的不安や対立の温床になることがある。これは民主主義の制度的な限界の一例で、制度としては公平に見えても、結果として少数意見の反映が十分でない状況が生まれる。
 また民主主義では基本的に投票=意思決定の手段となる。もし国民の知識や情報理解力が低い場合、候補者や政策の内容を正確に評価できず、感情や短期的利益、デマや偏った情報に左右されやすい。これが多数決問題とあわさると、感情的・表面的な判断が通りやすく、長期的なリスクや複雑な問題が軽視される。


 そもそも民主主義は歴史そのものが浅く、権威主義が主流だった中にでてきた平等意識の始まりの制度。しかしその中にも権威主義に見られるような政治腐敗も見られ、戦争に参加する国もあり、自然環境の破壊も起こっている。

 人類史で見るとそれぞれの政治体制の期間と人類史に占める割合は、おおよそ次のようになっている。



人類史における政治体制

時代

体制

期間(年)

人類史に占める割合

狩猟採集時代

平等主義的リーダー制(非階層・流動的リーダーシップ)

約19万1000年

(20万年前”ホモ・サピエンスの出現”〜紀元前9000年)

約95.5%

農業革命以降

権威主義(王制・専制・神権・貴族制など)

約10,776年

(紀元前9000年〜1776年)

約5.4%

近代・民主主義

制度的民主主義

約249年

(1776年〜2025年)

約0.125%

注釈: 期間は2025年を基準に計算。



 権威主義でも民主主義でも起こることだが、特に独裁国家に見られる権威主義者は権力への執着から、自らの任期を伸ばす傾向が見られる。民主主義国家では議会・メディア・国民などの制約が多く任期延長が困難で、独裁国家ではその制約が少なく任期延長が容易となっている。


指導者が任期を延長した例

国名

指導者名

在位期間

任期延長の詳細

政治体制

ローマ共和国

ガイウス・ユリウス・カエサル

紀元前49–44年(事実上の権力掌握期間)

紀元前44年、元老院により終身独裁官に任命される。実際にはカエサルの圧倒的な権力の前で、元老院が自主的に抵抗できなかった背景がある。

共和政(崩壊期)、事実上の独裁体制

赤道ギニア

フランシスコ・マシアス・ヌゲマ

1968–1979

1972年に終身大統領宣言。1979年クーデターで失脚。

独裁政治体制

トルクメニスタン

サパルムラト・ニヤゾフ

1991–2006

1999年に終身大統領宣言。絶対的支配、死去まで在位。

独裁政治体制

ベラルーシ

アレクサンドル・ルカシェンコ

1994–

1996年国民投票で任期制限撤廃。2004年に無制限再選可能化。長期在位可能。

独裁政治体制

ロシア

ウラジーミル・プーチン

2000–2008, 2012–

2020年憲法改正で任期リセット。2036年まで在位可能。

独裁政治体制

中国

習近平

2013–

2018年憲法改正で国家主席任期制限撤廃。党総書記・軍事委員長に制限なし、長期在位可能。

独裁政治体制

ウズベキスタン

シャフカト・ミールジヨエフ

2016–

2023年憲法改正で任期を5年から7年に延長、リセット。長期在位可能。

独裁政治体制

アンゴラ

ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス

1979–2017

2010年憲法改正で任期制限撤廃、議会選出に変更。2017年自主退任。

混合政治体制

コロンビア

アルバロ・ウリベ

2002–2010

2004年憲法改正で連続2期再選可能。2010年3期目試みは憲法裁判所で却下。

欠陥民主主義

韓国

ムン・ジェイン

2017–2022

2020年に任期制限緩和提案、国民・野党反対で失敗。5年1期制限維持。

欠陥民主主義

ブラジル

ジャイール・ボルソナロ

2019–2022

2021年に任期制限緩和議論、議会・国民反対で失敗。2022年政権交代。

欠陥民主主義

コスタリカ

オスカル・アリアス

1986–1990, 2006–2010

2003年憲法裁判所判決で1期制限無効化。非連続再選可能、議論を呼ぶ。

完全民主主義


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